
<奮闘1年目の夏:神奈川担当・寺本吏輝記者>
高校野球の地方大会が7月29日で終了した。日刊スポーツでは5人の新人記者が取材に奮闘。それぞれが体感した「1年目の夏」を振り返る。
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激戦区神奈川の担当だと伝えられた際、鳥肌が立った。募る不安を消すように「自分が本当に伝えたいことは何か」と考えた。ふと、高校球児だった自身の経験がよみがえった。最後の夏は新型コロナウイルス禍2020年。仲間との練習も、声の掛け合いも制限。やりきった思いは抱けなかった。だからこそ、球児がはつらつと過ごすの夏の尊さを伝えたい。その思いを胸に取材に臨んだ。
約2カ月の取材を通して、横浜栄のエース本多凌投手(3年)との出会いが印象的だ。大会前の取材で「自分が楽しんだ結果、いい試合になったらうれしい。みんなが面白いと思える試合を」と話していた。戦う主役なのに、どこか俯瞰(ふかん)するような姿勢が独特に見えた。その時は「結果より過程を重視するのかな」という浅はかな考えだったが、いざ大会が始まり、真意を思い知らされることとなった。彼はピンチの際、捕手とのサイン交換を笑顔で行うのだ。1回戦の横浜商戦、失点を重ねると初戦敗退もあり得たが、心から野球を楽しんでいた。その姿に息をのむ観衆と、球場に漂う高揚感と緊張感。彼が目指した「皆が面白いと思う試合」がまさにそこにあった。さらに自分の代打で出る選手に「楽しめよ!」と笑顔でハグ。結果、代打の一振りで横浜栄が勝利した。喜ぶ姿に、心を打たれた。
一方、大会期間前半は「どうすれば自分が取材した選手を大きく紙面に載せられるか」ばかり考え、他地区との差に焦っていた。思い悩みながら写真を整理していた際、1回戦で撮った本多の笑顔が目に留まり、ハッとした。楽しむ心を忘れ、言葉にしたかったはずの尊い一瞬に気づけずにいた。彼の言葉を借りるなら「自分が楽しんだ結果、良い記事が生まれたら良いなと思う」。大切な視点を教えてもらった。それ以降、取材中の視野が広がり、選手やスタンド部員の表情の変化に少しずつ敏感になれたように思う。
本多は2回戦の山手学院戦で敗れ、夏を終えた。その試合を取材できなかったことが心残りだ。最後にまた自身を客観視した言葉が聞きたかった。高校で野球を辞めるつもりだった彼だが、大学でも野球の継続を考えているという。いつかまた取材できる日が来たならば、あの時の感謝を必ず伝えたい。【寺本吏輝】