
<高校野球熊本大会:秀岳館4-2熊本国府>◇15日◇3回戦◇リブワーク藤崎台球場
熊本国府が秀岳館に競り負け、夏の甲子園初出場の夢は道半ばで散った。
試合後、山田祐揮監督(32)は「この学年の子たちに申し訳なかったなと思います。あまりにも不在にしていた期間が長かったので。監督がいないのは難しかったと思います」とナインに頭を下げ、心中を察した。
山田監督は昨年の9月に過労で倒れた。医者からは「このままだと死にます」とまで告げられるほど深刻だった。約8カ月間は自宅療養。グラウンドでの指導はもちろん、教壇にも立てなかった。「外にも一歩も出られず、ずっと寝ていました」。選手とのやりとりも一切できなかった。
「それぐらいやらないと甲子園に行けないと思ってやっているので。休んだら甲子園には行けないと」。21年から同校の監督に就任。体力の限界を感じていても、無休で走り続けた。24年春に春夏通じて創部初の甲子園出場。初戦で滋賀の名門、近江にサヨナラ勝ち。聖地1勝も挙げた。だが、当時から「いつ倒れてもおかしくない感じでした。倒れると思ってやっていたので」と振り返った。
新チームとなる秋以降は体とも相談し、治療を続けながら指揮を執る予定だ。「今回は残念でしたけど、やっぱり夏(の甲子園)に行きたいので。初出場を目指して、体にむちを打ってやっていきます」。まだ32歳。夢舞台を目指し、若き指揮官は選手とともに奮闘を続けていく。