
日刊スポーツ評論家の鳥谷敬氏(43)が23日、セ界の本塁打争いを独走する佐藤輝明内野手(26)の現在地を分析した。プロ5年目の大砲は今季、打率2割7分9厘で19本塁打はリーグ1位、49打点は同1位タイ。昨季まで目立った調子の浮き沈みが小さくなり、安定感が際立つ。未完の大器はついに覚醒したのか? 猛虎レジェンドOBの見解は-。【聞き手=佐井陽介】
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佐藤輝選手は間違いなく進化しています。特に「力の抜き方」が格段にうまくなりました。以前の佐藤輝選手はどうしても「力を出すこと」に注力していました。ただ、1年間でマックス143試合に出続けなければならないプロ野球のレギュラーの場合、常に100%の力でバットを振り続けていたら、どうしても調子の波は大きくなってしまいます。さまざまな要因が影響して100%の力で振れなくなったら、途端に調子を崩してしまう可能性が高くなるからです。それが今、佐藤輝選手は100%を出さずにパフォーマンスを発揮できています。
今季は少なくとも全球100%の力で振りにいっているようには見えません。この変化は非常に前向きな傾向です。単純な話、100%の力を100試合ずっと出し続けるのと、80%の力を100試合出し続けるのとでは、蓄積疲労に大きな違いが出ます。100%の力を出し続けられる確率と80%を出し続けられる確率を比べれば、後者の方が高くなるのは説明するまでもありません。ベストに近いパフォーマンスを継続して発揮できる力の抜き具合を覚えたことで、以前よりもコンスタントに成績を残せるようになっているのではないでしょうか。
長距離打者は誰だって100%の力でスイングしたくなるものです。佐藤輝選手もおそらく学生時代はフルスイングを続けてきたことでしょう。ですが、学生時代とプロでは試合数が違います。学生時代は週に2、3回の公式戦を戦えば良かったのが、プロではほぼ毎日グラウンドに立ち続けなければなりません。常に100%でバットを振り続けるのは、なかなか難しい話なのです。その点、佐藤輝選手はプロ5年目にしていよいよ力の抜き方が分かってきたのだと想像します。“マン振り”しなくても、これぐらいの力加減でホームランは打てる。これぐらいの力加減で戦い続ければ、そこまで体に負担をかけ過ぎずに最低限の状態を1年間キープできる。そんな「あんばい」に気付きつつあるのかもしれません。
6月中旬、仙台で佐藤輝選手のフリー打撃をチェックしました。その際も「この球場だったらこれぐらいの力感で柵越えできる」と力のパーセンテージを確認しているようにも見えました。高めの直球を投げ込まれた時、フルスイングに入っていたら、途中でボール球だと判断できてもバットを止められないものです。逆に80%ぐらいまで力を抜けていれば、ギリギリでスイングを止められるかもしれません。これまで空振りしていた内角高めの直球をファウルにできるかもしれないし、前に飛ばせるようになるかもしれません。もちろん、佐藤輝選手のような類いまれな飛距離の持ち主が軽打ばかりになってしまうと本末転倒ですが、飛ばせて打率も残せる「ちょうどいい力加減」を手に入れることが進化の近道になる、ということです。
では今後の課題はどこにあるのでしょうか? 強いて改善点を挙げるのであれば、メンタルコントロールのさらなる向上、でしょうか。6月17日ロッテ戦(甲子園)では2点を追う9回裏、力みを抑えきれないまま、高めのボール球に手を出してしまう場面もありました。「オレが決めないといけない」と打ちたくなった時に力むのか、打てない自分に腹が立って力むのか、選手にもいろいろなタイプがあります。佐藤輝選手が自分のタイプを冷静に把握して、感情のコントロールを今まで以上にできるようになれば、ますます手がつけられないスラッガーとなるはずです。(日刊スポーツ評論家)