
3日に89歳で死去した巨人長嶋茂雄終身名誉監督の通夜、告別式が都内の桐ケ谷斎場で執り行われた。喪主は次女・三奈さん(57)、葬儀委員長は読売新聞グループ本社代表取締役社長で読売巨人軍取締役オーナーの山口寿一氏(68)が務めた。弔辞は堀内恒夫氏(77)と原辰徳氏(66)が読み上げた。
山口寿一葬儀委員長のあいさつ
本日はご多忙の中、読売巨人軍終身名誉監督・故長嶋茂雄の通夜にご参列をいただきましてありがとうございます。巨人軍オーナーの山口でございます。ご遺族と相談して、通夜・告別式は密葬の形で行うことにいたしまして、ご参列いただくのは、ご親族とジャイアンツの関係の方々に限らせていただきました。
長嶋監督は穏やかに最期の時を過ごしました。先月下旬に肺炎が悪化しましたが、血圧が下がりながらも、そこからお医者様が驚くほどの頑張りを見せて、一度は持ち直しました。
先月31日に重篤な状態となりましたが、この時も持ちこたえました。今月2日の夜、私がお見舞いに行った時は、眠っているご様子でした。翌日の6月3日、三奈さんのお誕生日の朝、静かに息を引き取りました。三奈さんのお誕生日の日まで頑張ったのだと思います。
監督は病室で「痛い」「つらい」といった言葉は一切、口にしなかったそうです。例えば、喉の吸引は痛みを伴うようですが、看護師さんが吸引をしていいか尋ねると、監督はいつも力強くうなずいたそうです。決してくじけない長嶋監督の姿は、看護師さんたちに強い印象を与えたようでした。集中治療室だったにも関わらず、病室には、ジャビットの写真や、オレンジ色の手作りのペーパーフラワーが賑やかに飾られて、監督を励ましました。看護師さんたちが思い思いに飾ったものでした。看護師さんたちもすっかり長嶋ファンになっていました。最期まで、周りの人々に感動を与えてドラマを残しました。
本日も、ご遺体が東京ドームの周りを1周して、この会場に到着したその時間帯に増田陸と丸と2本のホームランが飛び出したそうであります。私たち巨人軍は、長嶋監督の不屈の闘志を受け継いで、強いジャイアンツになるよう、全力を尽くします。皆様のご遺族への変わらぬご厚情をお願い申し上げまして、本日の御礼のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございます。
長嶋さん棺を乗せた車は7日午後2時33分に自宅を出発。同3時13分から24分にかけて東京ドーム周辺(黄色いビル前→水道橋交差点、壱岐坂下交差点→東京ドーム前)を通り、同4時3分に斎場に到着した。
祭壇は三奈さん希望でジャイアンツカラーで彩られ、背番号3のユニホーム、天覧試合でホームランを打った時に使用したバット、松井秀喜と一緒に授与した国民栄誉賞の金のバット、天皇陛下から直々に授与された勲記と文化勲章が飾られた。
通夜の参列者は126名。うち、親族は長嶋一茂氏ら27人、巨人関係はV9のチームメート、監督時代の選手、コーチが62人、現在のチームからは阿部慎之助監督、二岡智宏ヘッド兼打撃チーフコーチ、橋上秀樹作戦戦略コーチ、村田善則総合コーチ、亀井善行打撃コーチ、古城茂幸内野守備コーチ、松本哲也外野守備兼走塁コーチ、杉内俊哉投手チーフコーチ、内海哲也投手コーチ、實松一成バッテリーコーチ、ウィーラー巡回打撃コーチ、丸佳浩外野手、岡本和真内野手の13人が参列した。