<寺尾で候>
日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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日米両国で野球殿堂入りに輝いたイチローが、いずれも「満票」でなかったことが話題にのぼった。
日本での得票率は92・6%(有効得票数349、得票323)、米国は99・7%(同394、同393)だった。
当初から有資格1年目の殿堂入りは確実視されていたが、投票しなかった記者は、国内で26人、アメリカでは1人だったことになる。
特に「あと1票」が届かなかった海の向こうでは批判が噴出したようだ。米国内の新聞、テレビなどメディアで満票でなかった事実が扱われた。
仮に満票だったら大リーグ史上2人目、野手初の快挙だからなおさらだ。選考における投票権を有した記者の価値観にも矛先が向いたコメントが見受けられた。
殿堂入りの選考に身を置くが、日本の投票は取材者の記名式で行われる。そこで意見が分かれるのも、それぞれの確固たる考えに基づく判断で、なにも責められる覚えはない。
記者投票の殿堂では、やはり候補1年目に実現した14年の野茂英雄が「現役時代は記者と仲良くなかったので意識していなかった」と笑わせた光景を思い出した。
今回のイチローの得票がばらけるのは異常とはいえない。そんなことよりイチローが日米にまたがった会見で示唆に富んだ感想を述べている方に興味があった。
米国で「だれに感謝の言葉を?」と問われて挙げたのは、仰木彬の名前だった。「まずは妻です」と答えた後、イチローの“生みの親”について触れたのだ。
「最も大きな影響を受けたのは仰木監督だと思います。存在がなければ、おそらく片仮名のイチローにならなかったし、人にこれだけ知ってもらうことはなかったと思う」
仰木は西鉄ライオンズで名将・三原脩に鍛えられ、長くコーチを経た上で監督になった。“個”を重んじた選手操縦術で、3度のリーグ優勝、日本一にも立った。
企業にも言えることだが、プロ野球でもリーダーの指導力によって、組織(チーム)の成果、社員(選手)の力量は違いをみせる。
そして、イチローは日本で殿堂入りした際にも、プロ野球界の行方についても独自の考えを示している。
「さまざまな要因から今の野球が変わっていってるわけですけども、せめて子供たちが向き合う野球は純粋なものであってほしいと願っています。価値が時代で変わっていくのはあります。やっぱり変えてはいけないものもあると思うんですよね。そこを僕は強く意識して、これから僕は子供たちと接していきたいと思います」
会見当日は現場にいたが、彼が語ったのは、野球、ベースボールがデータに偏りすぎているとかいうレベルだけでないようにも聞こえた。
野球がデータを駆使さえすれば優勝するなら、監督も、コーチも、組織にリーダーの存在はいらない。殿堂入りが数字だけで決まるのならAIが管理したらいいだろう。
日米の架け橋になった孤高のバットマンが、今回の殿堂入りで発したメッセージは、真の野球の在り方を気付かせてくれる契機になるのかもしれない。(敬称略)