【AFP=時事】新型コロナウイルスの流行で、米ニューヨークのミシュランの星付きレストランで働くチャンスを失ったシンガポール人のリム・ウェイ・キアットさん(25)は、自分のルーツに戻り、屋台の料理人になることを決めた。
 シンガポールでは、「ホーカー」と呼ばれる屋台の料理人を目指す若者が増加しており、食文化の担い手として新世代に対する期待が高まっている。(写真はチキンライス屋台で修行するリム・ウェイ・キアットさん)
 シンガポールには屋外フードコートが多数あり、中国系、インド系、マレー系の影響を受けた多種多様な料理が提供されている。
 金融ハブとなった後もホーカーの伝統は根付いており、今も多くの人の生活の中心的存在となっている。また、昨年12月には、ホーカー文化は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「無形文化遺産」に登録された。
 だが、ホーカーの料理人の年齢の中央値は59歳で、多くは引退の時期が近づいている。ホーカーの料理人は若者に人気の職業とはいえず、ホーカーの伝統と美味しい料理が消えてしまうのではないかという懸念が高まっている。
 リムさんが、政府のプログラムを通じてホーカーで修行するようになったのは、新型コロナウイルス対策の渡航制限のために、予定していた米国のレストランでのインターンシップに参加できなくなったからだ。
 だが今は、天職を見つけたと感じている。
 「若者が店を継ぎ、(調理法を)学ばなければ、ローカル料理が消えてしまう」と、リムさんはAFPに話した。
 ホーカーは通常、ビーフン炒めやキャロットケーキ(大根餅炒め)、カレーパフなど1、2種類の料理を専門にしている。リムさんは、永遠の定番「海南チキンライス」を選んだ。昔ながらの作り方にこだわりたいと思っている。

■長時間労働、コストの上昇
 リムさんの師匠、ネオ・チェン・レオンさん(61)は、海南チキンライスを30年作り続けている。
 ネオさんの1日は、仕込みから始まる。鶏肉を洗って茹で、しょうがとエシャロットで香り付けした油で米を炒め、鶏のスープで炊く。カットした柔らかな鶏肉を香り高いご飯の上に乗せ、ニンニク入りチリソースと甘いダークソイソースで食べる。値段はたった3シンガポール・ドル(約240円)だ。
 ネオさんには、大学で学ぶ20代の息子が2人いる。息子たちは、屋台で働く両親が30年間どれほど苦労してきたかを見てきたため、父の跡を継ぐ気はないという。
 リムさんは、ホーカー文化保護を目的とする政府のプログラムに参加している。ネオさんの下で2か月修行した後、審査員の前で料理を作らなければならない。無事修了すると、手厚い助成金で補助された価格で店を15か月間借りることができる。
 それでも、若いシンガポール人に給料の良いオフィスでの仕事を辞めて、ホーカーの料理人になってもらうには、コストの上昇や長時間労働など多くの課題が残されている。
 影響力のある批評家で実業家であり、人気のホーカーグルメガイド「マカンストラ」を作成しているK・F・シートー氏は、ホーカーはかつては、他の職につけない人がやる仕事だと思われていたと指摘する。
 60歳の母親とヌードル屋台を営むショーン・アウさん(32)は、ホーカーの仕事は重労働だが、1か月の稼ぎは約1000シンガポール・ドル(約8万円)しかないと話す。これは、政府統計に基づくシンガポールの月収の中央値4500シンガポール・ドル(約35万5000円)を大幅に下回っている。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2021/02/16-13:38)

情報提供元:時事ドットコム ワールドアイ
記事名:「高齢化進むシンガポール屋台、若者を取り込めるか