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国立大学法人信州大学
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
抗転移薬の開発―短鎖合成RNAは新しいタイプのがん転移抑制剤となりうる
研究成果のポイント
★がんの転移は、原発がんが転移前に遠隔の臓器に転移しやすい土壌(転移前ソイル)を作る。
★転移前ソイルには細胞外メッセンジャーRNA (mRNA)が存在し、抗転移細胞を活性化する。
★合成した短い修飾mRNAを体外から投与し、抗転移細胞を活性化して、マウスモデルにおける転移を抑制した。
★がん患者の抗転移細胞を、合成修飾mRNAで活性化し、ヒト癌細胞転移を抑制した。
概要
信州大学先鋭領域融合研究群 バイオメディカル研究所 平塚佐千枝教授と、岐阜大学応用生物科学部 上野義仁教授らの研究グループは、細胞外に存在するメッセンジャーRNA (mRNA)のうち、特別な配列をもつものは、免疫細胞の表面の受容体に結合することにより、そのがん転移抑制能を向上させることを見出していました。しかしながら、天然のmRNAは体内ではすぐに分解されてしまうという欠点がありました。そこで、活性化に必要な短い配列を同定するとともに、安定化修飾を施したmRNAを新たに合成し、マウス個体に投与したところ、がん細胞の肺転移を抑制することができました。この実験では合成mRNAを複数回投与してもサイトカインストームなどの副作用や免疫細胞の疲弊が見られないという利点があることがわかりました。さらに、がん患者からナチュラルキラー(NK)細胞や細胞傷害性T細胞(CTL)を単離し、合成修飾mRNAを用いて活性化すると、これらの細胞は活性化前よりもより多くのヒトのがん細胞を殺傷することが確認できました。
なお、この研究の詳細は、2025年2月25日19:00(日本時間)にシュプリンガー・ネイチャー社の学術誌Nature Communications にオンライン掲載されました。
背景
がん細胞は、ほぼすべての人に発生することはよく知られています。がんが一定の大きさになると遠隔の臓器に転移が起こり、がんの死因の90%以上は転移によるものです。これまでの多くの研究から、がん細胞そのものと転移する臓器の環境の両方の因子によってがん転移が成り立つことがわかってきました。転移する臓器には、少数ながらがん転移の抑制する役割を果たす抗転移免疫細胞が存在します。この細胞表面には、mRNAに対する受容体タンパク質が発現しており、小胞に包まれていない細胞外mRNA(Nex-mRNA)の特殊配列が結合することにより細胞が活性化します。mRNAは、細胞の遺伝情報をもとにタンパク質を合成するための鋳型となることが本来の生理機能ですが、この場合は細胞間の情報伝達物質として働いているという全く別の生理機能を発揮しています。天然のmRNAは血液中ではすぐに分解されてしまいますので、そのままでは薬剤として使用することはできません。そこで、生体内で容易に分解されず、かつ免疫細胞を活性化するという合成修飾mRNAを作製しました。
研究手法・成果
塩基数が50-60個程度の化学修飾RNAを安定的に合成することが技術的に可能ですので、本研究では特殊な配列と化学修飾をもつ50塩基のRNA(s-mRNA)を合成しました。このRNA(s-mRNA)は天然のmRNAと同等の、免疫細胞(NK細胞・細胞傷害性T細胞)活性化能を持ちながら、血液中のRNA分解酵素で分解されないという性質を兼ね備えたものです。(図1)このmRNA配列は担癌マウス(皮下などに原発がんを移植したマウス)の肺組織に存在する細胞外mRNAに基づいて設計されました。NK細胞・細胞傷害性T細胞にはmRNAの受容体が発現しています。この受容体は合成s-mRNAを取り込むことも可能であり、その結果、これらの細胞ではがん細胞を殺傷する能力が強化されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502254676-O1-mDcvTX8W】
本研究により私たちが見出した合成s-mRNAによる免疫細胞活性化には2つの利点があることがわかりました。1つは顕著な副作用が見られなかったことです。免疫細胞が活性化することにより炎症性サイトカインが産生されるなどの応答反応が引き起こされ、これらの応答反応が過剰になるとさまざまな悪影響がもたらされます。マウスを用いた実験では、合成s-mRNA投与による明らかな生体組織への影響は見られませんでした。もう一つの利点は、複数回の投与でも効果が持続することです。免疫細胞を活性化するための薬剤を投与した場合、投与回数を重ねるとその効果が出にくくなることはよくあることですが、合成s-mRNA投与実験ではそのような効果の減少はみられませんでした。
大腸がん患者さんから単離したNK細胞やCTL細胞と、ヒト大腸がんの細胞株を免疫不全マウスに移植する実験を行い、s-mRNA投与により肺転移を抑制できることを示しました(図2)。これらの結果から、合成s-mRNAが、新しいタイプのがん転移抑制剤であることが結論づけられました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502254676-O2-7kVZVGzY】
波及効果・今後の予定
現在の医療では、転移を抑えることが、がんの治療に必須なことは分かっていますが、効果的な抗転移薬として確立したものはありません。今回の結果より、短い合成修飾mRNAで、がんの転移の予防や、初期の治療薬として、簡便に安全に使用できる可能性があり、開発を加速していきます。
論文タイトルと著者
タイトル:Synthetic short mRNA prevents metastasis via innate-adaptive immunity
著 者:
Hikaru Hayashi, Sayaka Seki, Takeshi Tomita, Masayoshi Kato, Norihiro Ashihara, Tokuhiro Chano, Hideki Sanjo, Miwa Kawade, Chenhui Yan, Hiroki Sakai, Hidenori Tomida, Miyuki Tanaka, Mai Iwaya, Shinsuke Tak, Yozo Nakazawa, Yuji Soejima, Yoshihito Ueno, and Sachie Hiratsuka.
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-57123-y
論文掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-57123-y