量子センシング技術を活用した生体内における代謝反応の直接計測
2024年10月17日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
東京大学
量子科学技術研究開発機構
大阪大学
量子センシング技術を活用した生体内における代謝反応の直接計測 ―急性腎障害のモデルマウスにおける腎臓での代謝反応の可視化に成功―
発表のポイント
・高感度化時間に影響する分子構造の制約から、これまで開発が難しいと考えられていたオリゴペプチド型の超核偏極MRI分子プローブの開発に世界で初めて成功しました。
・開発した分子プローブの1つであるグルタチオン型分子プローブを用いて、抗がん剤副作用の1つである急性腎障害のモデルマウスにおける腎臓での代謝反応の可視化に成功しました。
・今回開発したオリゴペプチド型の超核偏極MRI分子プローブを用いて生体内の代謝や局在を検出することで、早期診断や短時間での治療効果判定が可能になると期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410117980-O1-5R6jk1Zc】 本発表の概要(From Yohei Kondo et al., Sci. Adv.(2024) This work is licensed under CC BY-NC 4.0 http://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/)
概要
東京大学大学院工学系研究科の近藤洋平大学院生(研究当時、現:東京科学大学生命理工学院 助教)、齋藤雄太朗助教、山東信介教授、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの宮西孝一郎講師、水上渉教授、根来誠准教授、岐阜大学のアブデラジム E. ヘラリー博士研究員、兵藤文紀教授、松尾政之教授、量子科学技術研究開発機構(QST)の齋藤圭太主任技術員、高草木洋一グループリーダー、米国国立衛生研究所の山本和俊上級研究員、ムラリ クリシュナ チェルクリ主任研究員らの研究グループは、オリゴペプチド(注1)型の超核偏極MRI分子プローブ(注2、3)を開発し、生体内でその代謝反応を直接計測することに世界で初めて成功しました。
アミノ酸が連なって構成されるペプチドやオリゴペプチドは、代謝・修飾、タンパク質との相互作用等を通じて生命現象に関与する重要な生体分子であり、その代謝や局在といった生体内ダイナミクス情報の取得が診断や治療技術を開発する上で近年注目を集めています。生体内でのダイナミクス情報を取得する手法として、核磁気共鳴法(注4)の検出感度を劇的に向上する量子センシング技術(注5)である超核偏極技術があります。超核偏極技術は、次世代の超高感度生体分子イメージングへの応用が期待されていますが、超高感度化されたシグナルが時間とともに減衰し、高感度化信号の持続に影響する分子構造にも制約があることから、その適用範囲は分子量の小さなアミノ酸もしくはジペプチド等に限定されていました。
研究グループは、実験的・計算的手法を駆使して高感度化時間に影響を与える分子構造を精査することにより、生体内解析に用いることができるオリゴペプチド型の超核偏極MRI分子プローブの開発に成功しました。開発した分子プローブの1つであるグルタチオン型分子プローブの感度を偏極装置 SpinAligner(QST 量子生命科学研究所に設置された国内1号機)を用いて一時的に10万倍以上に高め、これを尾静脈より速やかに投与することでマウスの急性腎障害に起因する生体内局在と代謝反応の変化をNMRやMRIにて直接計測することに成功しました。
開発した分子プローブの鋳型となるオリゴペプチドは、もともと体内に存在する生体物質であり、さまざまな生命現象に関わっていることから、今後、関連する代謝反応や疾患の非侵襲的な画像診断法として応用されることが期待されます。
本研究成果は2024年10月16日(米国東部夏時間)に米国科学振興協会(AAAS)が出版する科学誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されます。
発表内容
ペプチドは、アミノ酸が連なった生体分子であり、アミノ酸配列特異的な代謝・修飾やさまざまなタンパク質との相互作用等を通じて、生体内の生命現象に重要な役割を果たします。また、ホルモンとしても機能することから、創薬の対象にもされています。このような背景から、ペプチドの生体内における代謝・局在といったダイナミクスに関する情報を取得することは近年注目を集めており、ペプチドの生体内解析は生命科学や医科学といった分野に大きく貢献すると考えられます。
生体内における分子の代謝・局在に関する情報を取得する手法として、量子センシング技術の1つである超核偏極技術があります。超核偏極技術は、プローブとして使用する生体分子の中での核スピンの占有数差を人工的に操作することによって、核磁気共鳴法の検出感度を数千〜数万倍向上させる量子センシング技術です。核磁気共鳴法では生体の構成成分として60%以上を占める水分子の水素核が主な検出ターゲットとされており、その他の分光学的手法と比べて検出感度の低さが問題とされています。また、水分子以外の生体分子を生体内で直接検出することができれば、得られる情報の幅が広がり、生命科学や医科学のさらなる発展に貢献すると考えられます。これまでに、超核偏極技術を用いて生体分子を超高感度化させて生体内でその代謝や局在を直接検出し、疾病の早期診断や治療効果を評価する試みが行われており、次世代の超高感度生体分子イメージングとして注目を集めています。
しかしながら、超核偏極技術には高感度化した核磁気共鳴シグナルが指数関数的に減衰してしまうという問題があります。超核偏極技術のうち、最も広く用いられており、本研究でも用いられた動的核偏極法では、偏極装置と呼ばれる特殊な機器を用いて、分子プローブの核磁気共鳴シグナルの感度を向上させます。その高感度化プロセスは生体外で行われ、高感度化を実現した直後から分子プローブの高感度化シグナルは不可逆的に失われていきます。分子プローブの代謝・局在に関する情報を生体内において取得するためには、高感度化された分子プローブが生体に投与され、観測部位に運ばれてから代謝物が生じるまで、高感度化されたシグナルが維持される必要があります。その高感度化時間の長さは、分子プローブの分子構造に大きく影響を受けるため、生体内で用いることができる分子プローブの構造やサイズには制約がありました。具体的には、ペプチドについては、アミノ酸やジペプチドといった小さな分子構造しか、生体内で機能する超核偏極MRI分子プローブとして用いることができないと考えられていました。
このような背景のもと、研究グループは、実験的な精密分子設計や、量子化学計算等を駆使して高感度化時間に影響を与える分子構造を精査することで、オリゴペプチド構造中でも高感度化信号を長く維持できる分子骨格を見出し、生体内解析に用いることができるオリゴペプチド型の超核偏極MRI分子プローブの開発に成功しました(図1左)。さらに、開発した分子プローブの1つであるグルタチオン型分子プローブを用いた生体内解析を実現し、マウスの急性腎障害モデルにおいて誘発される、近位尿細管に局在するグルタチオン代謝酵素の活性低下と、腎臓への灌流低下を可視化することに成功しました(図1右)。今回分子プローブとして開発されたグルタチオンはもともと体内に存在する生体物質であり、さまざまな生命現象に関わることが知られていることから、次世代の超高感度生体分子イメージングとして非常に有用であると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410117980-O1-5R6jk1Zc】 図1:本発表の概要(From Yohei Kondo et al., Sci. Adv.(2024) This work is licensed under CC BY-NC 4.0 http://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/)
本研究成果は、今後、さまざまな生命現象の解明をはじめ、腎障害やその他のオリゴペプチド代謝関連疾患を非侵襲的に検出する診断技術としての臨床応用、また他の分子プローブを創製するための設計指針としても貢献していくことが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
近藤 洋平 研究当時:博士課程/日本学術振興会特別研究員
現:東京科学大学 生命理工学院 助教
齋藤 雄太朗 助教
森本 淳平 講師
野中 洋 研究当時:講師
現:京都大学 大学院工学研究科 特定准教授
山東 信介 教授
米国国立衛生研究所
国立癌研究所
関 智宏 研究当時:国立癌研究所 博士研究員
現:城西大学薬学部 准教授
子安 憲一 博士研究員
ムラリ クリシュナ チェルクリ 主任研究員
山本 和俊 上級研究員
国立心肺血液研究所
ナタラジャン ラジュ 博士研究員
ロルフ E. スウェンソン ディレクター
量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所
高草木 洋一 グループリーダー
兼務:千葉大学 大学院融合理工学府 客員教授
齋藤 圭太 主任技術員
大阪大学 量子情報・量子生命研究センター
宮西 孝一郎 講師
研究当時:大阪大学大学院 基礎工学研究科 助教
水上 渉 教授
根来 誠 准教授
兼務:量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所 主幹研究員
岐阜大学 医学部
アブデラジム E. ヘラリー 博士研究員
兵藤 文紀 教授
松尾 政之 教授
論文情報
雑誌名:Science Advances
題 名:Directly monitoring the dynamic in vivo metabolisms of hyperpolarized 13C-oligopeptides
著者名:Yohei Kondo, Yutaro Saito, Tomohiro Seki, Yoichi Takakusagi, Norikazu Koyasu, Keita Saito, Jumpei Morimoto, Hiroshi Nonaka, Koichiro Miyanishi, Wataru Mizukami, Makoto Negoro, Abdelazim E. Elhelaly, Fuminori Hyodo, Masayuki Matsuo, Natarajan Raju, Rolf E. Swenson, Murali C. Krishna, Kazutoshi Yamamoto, Shinsuke Sando*
DOI:10.1126/sciadv.adp2533
論文公開URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adp2533
注意事項(解禁情報)
日本時間10月17日午前3時(米国東部夏時間:16日14時)以前の公表は禁じられています。
研究助成
本研究は、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」(JPMXS0120330644)、
JSPS 科研費 基盤研究(A)(研究代表者:山東信介、JP19H00919)、若手研究(研究代表者:齋藤雄太朗、JP20K15396)、特別研究員奨励費(研究代表者:近藤洋平、JP19J22848)、基盤研究(B) (研究代表者:高草木洋一、JP23H02870)、JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(研究代表者:根来誠、JPMJCR1672 及び 研究代表者:山東信介、JPMJCR21N5)、JSPS 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(研究代表者:松尾政之、JP20KK0253)、JST 創発的研究支援事業(研究代表者:高草木洋一、JPMJFR225G 及び 研究代表者:兵藤文紀、JPMJFR2168)、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム (SIP) 第3期課題「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(根来誠)、Intramural Research Program of the National Cancer Institute (関智宏、ムラリ クリシュナ チェルクリ、山本和俊)の支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)オリゴペプチド
アミノ酸が連なったペプチドのうち、比較的短いペプチドの総称。10残基以下のペプチドを指す。
(注2)超核偏極技術
核磁気共鳴法の検出感度を劇的に向上させる量子センシング技術。超核偏極技術の中で最も広く使われている動的核偏極法では、核磁気共鳴法の検出対象となる安定同位体で標識された分子(分子プローブ)と、偏極源となる安定ラジカル分子をガラス状態の溶媒中で混合し、極低温・高磁場下にてマイクロ波を照射することで、核磁気共鳴法の検出感度が向上した超高感度化状態を作り出す。
(注3)分子プローブ
分子の置かれた周辺環境やその変化、化学反応などを引き金として、シグナルを変化させる分子。
(注4)核磁気共鳴法
外部磁場中の核スピンに対してラジオ波を照射することにより核スピンの置かれた環境に関する情報を取得する技術。NMRと略される。その中でも、画像化技術である核磁気共鳴イメージング法(MRI)は非侵襲的な画像診断技術として広く用いられている。
(注5)量子センシング技術
量子性を利用して、物質や環境のさまざまな物理量を計測する技術。古典的な計測技術の感度や精度の限界を超えた超高感度な計測を実現できる。
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