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肝硬変患者における急性腎障害発症は予後を悪化させる


アミノ酸インバランスの重要性

2024年7月4日

肝硬変患者における急性腎障害発症は予後を悪化させる :アミノ酸インバランスの重要性

本研究のポイント
・本研究では、567名の肝硬変患者を対象として、肝硬変患者は急性腎障害(acute kidney injury;AKI)1)の発症率と予後に与える影響、そのリスク因子について調査した。
・対象患者におけるAKIの累積発生率は1年で14%、3年で23%、5年で29%であり、AKIを発症した肝硬変患者は、発症しなかった者と比較してハザード比2)6.25倍と有意に予後不良であった。
・AKI発症に関連する因子としてアミノ酸インバランス3)、アルコール関連肝疾患4)、代謝異常関連脂肪性肝疾患5)が関連することが示唆されました。
・本研究により、肝硬変患者のAKIの予後に対する影響が明らかとなり、そのリスク因子を把握することで、将来のAKI発症の予防と健康寿命の伸長に寄与することが期待される。

研究概要
 肝硬変患者はAKIを発症するリスクが高いことが知られています。したがって、肝硬変患者におけるAKIの実態や予後との関係を調査し、そのリスク因子を明らかにすることで肝硬変患者におけるAKIの予防や早期発見につなげる必要性があります。岐阜大学大学院医学系研究科消化器内科学分野 清水雅仁教授、三輪貴生医師らのグループは、肝硬変患者におけるAKIについて多機関共同研究により調査を行いました。
 本研究では、肝硬変患者567名を対象とし、肝硬変患者におけるAKIの実態、予後との関係、リスク因子を検討しました。対象患者においてAKIの累積発生率は1年で14%、3年で23%、5年で29%であることが示されました。AKIの発症、顕性肝性脳症の発症、肝細胞癌の発症を時間依存性変数共変量として考慮したCox比例ハザード回帰分析6)では、AKIを発症した肝硬変患者はそうでない患者と比較してハザード比6.25倍と有意に予後不良であることが明らかとなりました。またAKIの重症度が悪化するにしたがって予後がさらに不良となる結果でした。肝硬変患者のAKI発症に関連する因子として死亡を競合リスクとしたFine–Gray比例ハザード回帰分析7)では、アミノ酸インバランスの指標である総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比(branched chain amino acids/tyrosine molar ratio;BTR)、アルコール関連肝疾患、代謝異常関連脂肪性肝疾患が有意な因子として抽出されました。
 三輪貴生医師らの研究により本邦の肝硬変患者の約27%がAKIを発症し、AKI を発症することで肝硬変患者の予後が有意に悪化することが示されました。またAKI発症に関連する因子としてアミノ酸インバランス、アルコール関連肝疾患、代謝異常関連脂肪性肝疾患が関連することが示唆されました。本研究成果から、本邦の肝硬変患者におけるAKIの予後に対する臨床意義やそのリスク因子が明らかとなり、将来のAKIの予防と健康寿命の伸長に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2024年6月11日にJournal of Gastroenterology誌で発表されました。

研究背景
 AKIは肝硬変の重大な合併症であり、肝硬変患者の約30%に合併し、AKIを有する患者の死亡率はAKIのない患者に比較して6~7倍高いことが示されています。しかし、本邦の肝硬変患者におけるAKI発症と死亡率との関連、およびAKIのリスク因子についてはほとんど知られていません。したがって、特に日本の肝硬変患者において、AKIの予後への影響を評価し、AKIの発症に関連する因子を明らかにすることは、AKIの早期発見、予防および健康寿命の伸長において重要な課題です。
 肝硬変患者は血中のアミノ酸濃度の変化、すなわちアミノ酸インバランスを示し、ロイシン、イソロイシン、バリンなどの分岐鎖アミノ酸(branched chain amino acids;BCAA)が減少し、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシンなどの芳香族アミノ酸が増加します。BTRは、肝硬変患者におけるアミノ酸インバランスを評価するための簡便なバイオマーカーであり、アミノ酸インバランスは、肝性脳症、肝細胞癌、サルコペニアなど、肝硬変の合併症に関連することが知られています。しかし、肝硬変患者におけるアミノ酸インバランスとAKI発症との関係は、ほとんど研究されていません。本研究では、本邦の肝硬変患者を対象としてAKIの発生率とその死亡率への影響を調査し、アミノ酸インバランスを含めたそのリスク因子について検討しました。

研究成果
 本研究では肝硬変患者567名を対象とし、AKIの発症率と予後との関連について検討しました。またAKI発症のリスク因子について検討しました。
  対象患者の年齢中央値は67歳で50%が男性でした。患者全体のうち、27%が経過観察中にAKIを発症し、AKIの累積発生率は1年で14%、3年で23%、5年で29%でした。本研究結果により肝硬変患者の約2割以上が将来的にAKIを発症し、AKIは本邦の肝硬変患者においても頻度の高い合併症であることが明らかとなりました。
 次に肝硬変におけるAKI発症と予後との関連について検討しました。AKIの発症、顕性肝性脳症の発症、肝細胞癌の発症を時間依存性変数共変量として考慮したCox比例ハザード回帰分析では、AKI発症が肝予備能や肝細胞がん発症、顕性肝性脳症発症とは独立した予後因子であることが明らかとなりました。AKIを発症した肝硬変患者はそうでない患者と比較してハザード比6.25倍と有意に予後不良であり、AKIの重症度が増すにしたがって生存率が有意に低下することが示されました(図1)。AKI発症のない患者と比較してAKI stage 1でハザード比3.94倍、stage 2でハザード比5.83倍、stage 3で9.39倍と有意に予後の増悪を認めました。このことからAKI発症は本邦の肝硬変患者の予後増悪因子であり、より重症度の高いAKIが予後に寄与することが明らかとなりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202407033091-O5-1fK69Ken
 次にAKI発症に関連する因子について死亡を競合リスクとしたFine–Gray比例ハザード回帰分析を用いて検討しました。肝硬変患者では肝予備能の指標であるChild-Pugh分類8)が悪化するにしたがってAKIのリスクが高まることが知られています。本研究では、1年、3年、5年でのAKIの累積発生率は、Child-Pugh分類Aで5%、9%、16%、Bで22%、41%、45%、Cで40%、52%、57%であり(p<0.001;図2)、本邦の肝硬変患者においても肝予備能が増悪するにしたがってAKIの発症率 が増加することが示されました。また、Fine–Gray比例ハザード回帰分析を用いた多変量解析では、AKIのリスク因子としてBTR、アルコール関連肝疾患、代謝異常関連脂肪性肝疾患が肝予備能とは独立して有意な因子として抽出されました。アミノ酸インバランスの簡易指標であるBTRについて、BTRが4.4以下の患者ではAKIの累積発生率が、BTRが4.4より大きい患者に比べて有意に高い結果でした(1年、3年、5年の累積発生率:21%、34%、42% vs. 7%、10%、15%;p<0.001;図3)。このことから肝硬変患者に認めるアミノ酸インバランスは肝性脳症などの合併症のみならず、AKIの発症にも寄与している可能性が示唆されました。本研究では、その他のリスク因子として肝硬変の成因であるアルコール関連肝疾患と代謝異常関連脂肪性肝疾患もAKI発症のリスク因子である可能性が示唆されました。実際にB型肝炎やC型肝炎といったウイルス性肝炎に起因する肝硬変患者に比して、アルコール関連肝疾患ではハザード比2.12倍、代謝異常関連脂肪性肝疾患ではハザード比2.72倍でAKI発症のリスクが高いことが 示されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202407033091-O6-bz136A2L】【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202407033091-O7-q3J4p3V1
 以上のことから、本邦の肝硬変患者において約27%がAKIを発症し、AKI発症は肝硬変患者の予後を増悪させることが明らかとなりました。またAKI発症のリスク因子として肝予備能の他にアミノ酸インバランスや肝硬変の成因としてアルコール関連肝疾患と代謝異常関連脂肪性肝疾患を背景とした肝硬変患者のリスクが高い可能性が示されました。本研究により、本邦の肝硬変患者におけるAKIの重要な疫学データが得られるのみならず、AKIの高リスク症例を同定することでAKIの早期発見や予防を目指した肝硬変患者の診療指針の策定に寄与することが期待されます。

今後の展開
 本研究により、肝硬変患者に合併するAKIは本邦の肝硬変患者に高頻度に合併し、患者の予後と関連していることが明らかになりました。また、そのリスク因子としてアミノ酸インバランスやアルコールや代謝異常に関連する脂肪性肝疾患の関与が示唆されました。アミノ酸インバランスはBCAA製剤などの栄養療法により改善することが可能であり、近年アルコール性肝疾患や代謝異常関連脂肪性肝疾患に対する栄養介入も注目されております。したがって本研究成果が、肝硬変患者のAKIリスクの層別化や、高リスク因子を是正するための栄養療法あるいは生活習慣改善につながることで、肝硬変患者のAKIの早期発見・予防と健康寿命の伸長に寄与することが期待されます。

用語解説
1) 急性腎障害(acute kidney injury;AKI):
 急性腎障害は数時間から数日の経過で急激に腎機能が低下する状態である。本研究では国際診断基準により過去3か月間に得られた血清クレアチニン値あるいは入院時のクレアチニン値を基準値とし、クレアチニン値が48時間以内に0.3 mg/dl以上増加、または基準値から50%以上増加し、その増加が7日以内に発生した場合、AKIと診断した。
2) ハザード比:
 ハザード比は生存分析では、説明変数によって記述された条件に対応するハザード率の比である。たとえば、医薬品Aを用いた群の単位時間当たりの死亡率が医薬品Bを用いた群の死亡率の2倍である場合、ハザード比は2となる。
3) アミノ酸インバランス:
 肝硬変患者は血中のアミノ酸濃度が変化し、ロイシン、イソロイシン、バリンなどの分岐鎖アミノ酸が減少し、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシンなどの芳香族アミノ酸が増加することがアミノ酸インバランスとして知られている。BTRは、アミノ酸インバランスを評価するための簡便なバイオマーカーであり、アミノ酸インバランスは、肝性脳症、肝細胞癌、サルコペニアなど、肝硬変の合併症に関連することが知られている。
4) アルコール関連肝疾患:
 アルコール性肝疾患は、酒の常用飲用によって引き起こされる一連の肝疾患のことであり、アルコール性脂肪肝に始まり、肝細胞の破壊が進行するとアルコール性肝硬変に至る。
5) 代謝異常関連脂肪性肝疾患:
 代謝異常関連脂肪性肝疾患は肥満、糖尿病、その他の内分泌代謝障害に関連した脂肪性肝疾患であり、慢性的な脂肪肝炎が起こることにより肝硬変へと病態が進展する。
6) 時間依存性変数共変量を考慮したCox比例ハザード回帰分析:
 時間依存性変数共変量を考慮したCox比例ハザード回帰分析はアウトカムに影響を与える因子が時間とともに変化することを考慮した解析手法である。本研究では経過中におけるAKI発症、顕性肝性脳症発症、肝細胞癌発症を時間依存性変数共変量として解析した。
7) Fine–Gray比例ハザード回帰分析:
 Fine–Gray比例ハザード回帰分析は競合リスクを考慮した解析手法である。2つのイベントがある際に、一方のイベントが起こると他方のイベントが観測できない場合に用いる手法である。本研究では「AKI」と「AKIが発生する前に死亡」というイベントが、互いに競合するため、競合リスクを考慮した解析を行った。

【論文情報】
雑誌名:Journal of Gastroenterology
論文タイトル:Acute kidney injury development is associated with mortality in Japanese patients with cirrhosis: impact of amino acid imbalance
著者: Miwa T1, Utakata Y2, Hanai T1, Aiba M2, Unome S1, Imai K1, Takai K1, Shiraki M2, Katsumura N2, Shimizu M1.
1 岐阜大学大学院医学系研究科内科学講座消化器内科学分野
2 中濃厚生病院消化器内科
DOI: 10.1007/s00535-024-02126-7

【研究者プロフィール】
氏名: 三輪 貴生 (Miwa Takao)
機関: 東海国立大学機構 岐阜大学
所属・職名: 岐阜大学医学部附属病院第一内科・医員
       岐阜大学保健管理センター・非常勤講師
学歴(大学):
2015年:岐阜大学医学部医学科卒業
2021年~:岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻(消化器内科学分野在学中)
勤務歴:
2015年4月~2016年6月:岐阜市民病院(研修医)
2016年7月~2017年3月:岐阜大学医学部附属病院 (研修医)
2017年4月~2018年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2018年4月~2020年9月:中濃厚生病院内科(医員)
2020年10月~2022年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2022年4月~2023年4月:岐阜大学保健管理センター(助教)
2023年4月~:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)、岐阜大学保健管理センター(非常勤講師)
所属等学会:
日本内科学会(認定内科医・総合内科専門医)
日本消化器病学会(専門医)
日本肝臓学会(専門医)
日本消化器内視鏡学会(専門医)
日本臨床栄養代謝学(認定医)
日本病態栄養学会
日本門脈圧亢進症学会
日本超音波医学会
表彰:
2017年度:第233回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2017年度:第234回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2018年度:第237回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2019年度:第239回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2021年度:JDDW2021 若手奨励賞
2022年度:JDDW2021 The Best Presenter Award in International Session 
  第26回日本病態栄養学会年次学術集会 若手研究特別賞
2023年度:第39回日本臨床栄養代謝学会学術集会 Young Investigator Award 2024

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