物語の内と外から読み解く『源氏物語』
NewsLetter
2024年大河ドラマで注目が集まる紫式部とは何者か
物語の内と外から読み解く『源氏物語』
安藤 徹 : 龍谷大学副学長、文学部教授/龍谷ミュージアム館長
2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公は、平安時代中期に『源氏物語』を生み出した紫式部です。脚本を担当する大石静さんがどのようなストーリーを紡いていくのか、吉高由里子さん演じる紫式部と柄本佑さん演じる藤原道長を中心にどのような人間模様が描かれるのか、大きな期待が寄せられています。
『源氏物語』は最も有名な古典文学の一つで、これまで幾度も映画やドラマなどとして映像化されてきました。しかし、作者である紫式部がどのような人物だったのか、分かっていることはわずかにすぎません。いつ生まれ、いつ亡くなったのかも不明ですし、実名も未詳です(「紫式部」は『源氏物語』の登場人物にちなんだペンネームのたぐいです)。そうした謎多き紫式部を知る手がかりとして注目されてきたのが、『紫式部日記』です。まずは、この日記から浮かび上がる紫式部像を探っていきたいと思います。
なお、日記から読み取れる「紫式部像」が実在の人物とイコールになるとは限らない点には、十分注意する必要があります。日記における紫式部は、あくまでも日記の表現世界において造型された人物であり、自己成型した姿なのです。とはいえ、私たちにとって『紫式部日記』が貴重な情報源であることはたしかです。大事なのは、「紫式部はどのような人物か」ではなく、「紫式部はどのような人物として造型されているか」と問うことです。さらに、そのような造型が『源氏物語』の作者像とどのように切り結ばれていくかを考えてみることです。
後半では、私が構想している「物語社会学」という立場から、『源氏物語』の卓越性を解き明かす手がかりを探ります。
千年ほど前に作られたこの物語は、多くの人を惹きつけ、さまざまな文化を生み出してきました。時代に応じて比類ない存在感を示し、高い評価を得てきました。五百年以上前にはすでに「わが国の至宝」とも評されていました。しかし、こうした享受の歴史は作品の権威化をもたらします。研究者を含めた読者が、『源氏物語』を不可侵の聖なる存在として崇めるようになるということです。だからこそ、私たちは無意識に、あるいは無条件に「この物語は自己完結した、完成度の高い、評価に値する作品だ」という前提に立っていないか、「いかにすばらしいか、どれほど優れているか」を語ることがデフォルトになってしまっていないか、問い直してみる必要があります。
私の関心は、「『源氏物語』がすばらしいとすれば、それはどのようにして達成されているか」を分析的に解き明かすことにあります。そのための視座として設定したのが「物語社会」です。「物語社会」は、物語の表現世界(語り手によって語られる世界)を社会学的な想像力を補助線にして捉え直す時に現象する、現実感のある社会を指します。この現実感が多くの読者を惹きつけ、多様な文化を生み出すことを可能にしている、というのが私の仮説です。些細なもの、何気ない日常的なことに留意しながら、『源氏物語』の現実感がいかに達成されているかを解明する「物語社会学」を参考に、物語との距離感を適切かつ自在にとりつつ、魅力の創発する現場を探る愉しみを味わってもらえればと思います。
Contents
1. 物語作者・紫式部とは
◆ 手がかりとしての『紫式部日記』
◆『源氏物語』を読む男たち
◆〈他者語り〉と〈自己語り〉
2. 物語社会学とは
◆ テクストの求心力/遠心力
◆ 表現世界を「社会」として捉えてみる
◆ 物語の内と外を結合する
◆ ありふれた噂、日常的な会話
3. 私たちにとっての『源氏物語』とは
◆「宇治」を見つめるまなざし
◆ 問いかける『源氏物語』
資料全文については、こちらをご確認下さい。
https://cdn.kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M105191/202403268564/_prw_PA1fl_P774asjx.pdf
Profile
龍谷大学副学長、文学部教授。日本初の仏教総合博物館「龍谷ミュージアム」の館長も兼務。専門は日本古典文学、特に平安朝文学。『源氏物語』を主な対象として、自身が提唱する「物語社会学」の構築を目指す。龍谷大学(龍谷エクステンションセンター:REC)が展開する生涯学習講座「龍谷アカデミックプラザ」のほか、宇治市源氏物語ミュージアムをはじめとする自治体主催の生涯学習講座等の講師も、依頼に応じて積極的に担当している。
主な研究業績:『源氏物語と物語社会』(単著・森話社、2006年)、『日本文学からの批評理論 亡霊・想起・記憶』(共編・笠間書院、2014年)、『龍谷大学善本叢書 三条西公条自筆稿本源氏物語細流抄』(責任編集・思文閣出版、2005年)ほか
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