沖縄で発見!巣穴からカタツムリを襲う待ち伏せハンター!
1 概要
東京都立大学都市環境科学研究科の佐藤臨特任研究員、同理学研究科の山田藍生特任研究員、ふじのくに地球環境史ミュージアムの岡宮久規主任研究員のグループは、琉球列島において、カタツムリを捕食する特異なコメツキムシ科昆虫の幼虫を発見し、詳しい生態が不明であったサカグチオオヒラタコメツキであることを突き止めました。この幼虫は地面に掘った巣穴を利用し、カタツムリの軟体部を引きずりだして捕食していました。巣穴を利用したカタツムリ捕食者はこれまで報告がなく、世界初の発見です。カタツムリ捕食者とカタツムリの間にはユニークな共進化関係がしばしば見られることから、本種を利用した進化研究の展開が期待できます。また、今回の発見は、生物多様性の宝庫である琉球列島には未知の自然史発見が未だ数多く眠っていることを示す成果といえます。
本研究成果は、1月30日に米国生態学会が刊行する国際誌「Ecology」にオンライン掲載されました。
2 ポイント
・琉球列島において、地中の巣穴で待ち伏せしてカタツムリを捕食する奇妙なコメツキムシ科の幼虫を発見した。この幼虫を羽化させたところ、生態が未知だったサカグチオオヒラタコメツキであることが判明した。
・巣穴を利用したカタツムリの捕食者はこれまで報告がなく、世界初の発見である。本種を含むAnthracalaus属は全ての種で幼虫期が未知であり、今回の発見を機にこのグループの生態の解明、進化研究への展開が期待できる。
・琉球列島の生物相のユニークさを示す発見であり、当地域における自然史研究や基礎調査の重要性を強調する成果である。
3 研究の背景
多くの捕食者にとって、硬い殻の中に柔らかな軟体部を隠し持つカタツムリは手強くも魅力的なエサ資源です。このため、一部の捕食者はカタツムリの防御を突破するための様々な形質を進化させてきました。例えば、オサムシの仲間であるマイマイカブリは細長く伸びた頭部を殻の中に突っ込んで軟体部を捕食します。陸生ホタルの幼虫は腹部の吸盤で殻に取りつき、カタツムリを襲います。セダカヘビの仲間は左右非対称の顎を巧みに使い、殻から軟体部を引きだします。これに対してカタツムリも泡状の粘液を噴出する、殻を振る、尾部を自切するなど様々な方法で捕食者に対抗します。このように、カタツムリ捕食者とカタツムリの間にはユニークな共進化関係があり、古くから進化研究の有用なモデルとして扱われてきました。新たなカタツムリ捕食者の発見は進化研究に魅力的なモデルを提供するかもしれません。
4 研究の詳細
琉球列島は日本でも特に固有種が多く種多様性が高い地域であり、未だに詳しい生態がわかっていない生物種が数多くいます。その一方で、多くの種が絶滅の危機に瀕していることから、生態はおろかその存在すら明らかになる前に絶滅してしまう懸念があります。研究グループは、かかる問題意識のもと琉球列島での調査研究を進めています。その調査中に、不自然な形で並んだカタツムリ(シュリマイマイ類、オキナワウスカワマイマイ)の殻を複数発見しました(図1A)。カタツムリはいずれも地面に開いた小さな穴に軟体部を引き込まれて死んでいました(図1B)。この穴は地下に向かって垂直に15センチメートルほど伸びており、穴の底からは正体不明のコメツキムシ科幼虫が見つかりました(図1C)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202401305914-O5-23935Z1m】
図1 調査中に発見されたシュリマイマイ類の死骸(A)。シュリマイマイ類の軟体部は地面に開いた穴(赤矢印)に引き込まれていた(B)。穴の中から発見されたコメツキムシ科幼虫(C)。
この幼虫を持ち帰って羽化させたところ、サカグチオオヒラタコメツキ(学名:Anthracalaus sakaguchii)という種であることが判明しました(図2)。この種は、沖縄諸島から八重山列島に固有な大型のコメツキムシで、新種として記載されてから90年以上経つものの、これまで幼虫が発見されたことがなく、その生態は謎に包まれていました。また、サカグチオオヒラタコメツキを含むAnthracalaus属は北米と東南アジア、オーストラリアなどから17種が知られていますが、全ての種において幼虫期が不明であり、今回の発見は属レベルで生態がわかっていなかった種の幼虫期が明らかになるという快挙でした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202401305914-O7-iuw2t6EG】
図2 飼育下で蛹化し(A)、その後羽化したサカグチオオヒラタコメツキの雌成虫(B)。
飼育下で捕食行動を詳細に観察したところ、幼虫は巣穴の入り口で待ち伏せし、上を通りかかったカタツムリに咬みつくと軟体部のみを巣穴に引き込んで捕食していました(図3)。カタツムリは捕食者に襲われると殻を振って応戦しますが、無防備な下側から軟体部に咬みつかれることで全く抵抗できないまま捕食されていました。また、巣穴の入り口に殻が引っかかることで、幼虫は効率よく軟体部を引きずり出して捕食することができます。貝食性のコメツキムシは海外から報告があるものの、国内での発見は初であり、巣穴を利用してカタツムリを襲うというユニークな捕食方法は他の生物でも例がなく世界で初めての報告です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202401305914-O9-318puNUC】
図3 シュリマイマイを捕食するサカグチオオヒラタコメツキの幼虫
5 研究の意義と波及効果
カタツムリ捕食者とカタツムリが織りなす攻防は、進化生物学に多くの洞察を与えてきました。巣穴を利用して巧みにカタツムリを狩るサカグチオオヒラタコメツキ幼虫の行動は他に類を見ないものであり、被食者の防御を捕食者がどう突破するのかという進化生物学の問いに新たな答えを提供してくれる発見です。幼虫がカタツムリ専食なのかはまだわかっていませんが、野外での観察中にもカタツムリが何度も捕食されていたことや、飼育下で幼虫がカタツムリを的確に攻撃していたことなどから、カタツムリへの依存度は高いと考えています。また、興味深いことに、幼虫の巣穴にカタツムリが自ら向かっていくような行動が観察されており、幼虫は何らかの方法でカタツムリを誘引している可能性があります。今後も調査研究を続けることで興味深い発見が得られると期待しています。
6 論文著者のコメント
世界的に見てもユニークな生態の昆虫が琉球列島にいたという今回の発見は、日本の生物多様性の奥深さを再認識させるものです。一方で、琉球列島に生息する固有種の多くは環境変化に伴って段々と姿を消しつつあります。カタツムリ類はその顕著な例で、開発による生息地の減少や外来種等の影響によって急速にその数を減らしています。カタツムリ類の急速な消失が、それらを餌とするサカグチオオヒラタコメツキのような肉食動物にも負の影響を与えていることは想像に難くありません。
本種に限らず、我々が認識しないうちに減少の一途を辿っている生物が他にも数多く存在すると予想されます。こうした生物の生態を一つ一つ明らかにし、その価値を発信していくことは、琉球列島の自然が有する固有性の再認識、ひいては生物多様性保全に寄与するものです。
ふじのくに地球環境史ミュージアム(静岡県静岡市駿河区大谷5762)では、今回の研究成果を紹介する特別展示を1月30日から開催します。詳細はミュージアムHPか下記問い合わせ先までご確認ください。
【論文情報】
<タイトル> Ambush hunter attacks land snails in its burrow: unique larval stage of the click beetle Anthracalaus sakaguchii
<著者名> Nozomu Sato, Hisanori Okamiya, Aiki Yamada
<雑誌名> Ecology
<DOI> 10.1002/ECY.4245
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