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ニホンジカの生息個体数を高い空間解像度で推定


モニタリングデータの量・質にフィットした統計モデル構築によりローカルスケールの個体数変動の違いを検出

2023年4月3日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

ニホンジカの生息個体数を高い空間解像度で推定 モニタリングデータの量・質にフィットした適切な統計モデルの構築により ローカルスケールにおける個体数変動の違いを検出

【本研究のポイント】
・これまで都道府県スケールで推定されることが多かったハーベストベースドモデル(HBM)によるニホンジカの個体数推定において、岐阜県の収集したモニタリングデータに対してデータの質・量にフィットした適切なモデルを構築することにより、5㎢単位という高い空間解像度で個体数を推定することに成功しました。
・単一のモデルの中で、生息頭数や捕獲圧などの地域差に基づくニホンジカの生息動向の地域差を表現することが可能であることを実証しました。
・空間解像度の高いニホンジカ生息個体数推定結果を活用することにより、市町村といった地域単位で適切かつ効率的な捕獲や防除等の対応を検討していくことが可能となります。

【研究概要】
 東海国立大学機構岐阜大学応用生物科学部 安藤正規准教授、同学部 附属野生動物管理学研究センター 池田敬特任准教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所森林研究部門野生動物研究領域 飯島勇人主任研究員らは、岐阜県が長期的に収集してきたニホンジカの捕獲個体数や糞塊密度といったモニタリングデータ等を活用し、使用可能なデータにあわせた適切な統計モデル(ハーベストベースドモデル:HBM 注1))を構築することによって、県域全体といった広域単位で推定されることが多かったニホンジカの生息密度を5㎢単位(狩猟メッシュ単位) 注2) という高い空間解像度で推定することに成功しました。また、単一のHBM内で、生息頭数や捕獲圧などの地域差に基づくニホンジカの生息動向の違いを表現することが可能であることを実証しました。これまでのニホンジカの個体数推定は都道府県単位で実施されることが多く、市町村より狭い地域単位での生息状況を把握することは困難でしたが、本研究の成果を活用することによって捕獲や防除といった地域単位での対策を適切かつ効率的に検討・実施していくことが可能になります。今後、ニホンジカの保護管理において大きく貢献することが期待されます。
 本研究成果は、日本哺乳類学会の発行する国際学術誌「Mammal Study」48号2巻(2023年4月発行)に掲載されます。

 
【研究背景】
 ニホンジカの個体数増加は農林業被害や生息地の植生の衰退を引き起こすことが知られており、問題解決のための手段の1つとして個体数管理が挙げられています。大型草食動物の個体数管理のためにはその生息数を把握することが必要であり、国内ではハーベストベースドモデル(HBM)を用いた個体数推定が各地で実施されてきました。しかし、HBMの構造による推定値の変化や、不適切なモデル構造によって推定に誤りが生じる可能性等についてはあまり議論が進んでいませんでした。また、これまで国内のニホンジカ保護管理において実施されてきた個体数推定事例の多くは、都道府県のような広域を1単位としたものであり、生息密度の地域差を表現できるような空間解像度の高い推定を実施した事例は多くありませんでした。本研究では、Iijima et al.(2013)の提案した5㎢単位(狩猟メッシュ単位)での空間解像度の高いHBM構造をベースに、岐阜県が2008年〜2019年にかけて集積してきた空間解像度の高いニホンジカのモニタリングデータを最大限活かすことを念頭においたHBMを複数構築し、個体数推定の実施・検証を行いました。

Iijima, H., Nagaike, T., &Honda, T. (2013). Estimation of deer population dynamics using a bayesian state‐space model with multiple abundance indices. The Journal of Wildlife Management, 77(5), 1038-1047.

【研究成果】
 狩猟スタイルや狩猟に費やす時間によって個人差が大きくなる狩猟者へのニホンジカ目撃頭数のアンケート調査データに対し、専門家が決められた手順に従って実施する糞塊数調査等の現地調査データは、ニホンジカ生息数の指標としてよりばらつきが少なく客観性が高いことが予想されます。このように、様々な方法によって収集されたモニタリングデータの質の違いに着目して複数のモデルを構築し個体数推定を実施したところ、狩猟者を対象としたアンケート調査と規定の方法に従って得られた現地調査データを同様に扱ったモデルでは、適切に個体数を推定することができませんでした。一方、アンケート調査よりも現地調査データを強く信頼する形としたモデルでは、現実的な個体数推定値が得られました(図1)。また、1つのモデル内でニホンジカ生息数分布の偏りや増減傾向の地域差を高い空間解像度で推定することに成功しました(図2)。具体的には、県中央部と南西部の2地域にニホンジカ生息数の高いエリアがあり、このうち中央部は2014年まで増加したのち2019年までにかけて減少してきたことが確認された一方、南西部では中央部と比較して減少傾向が小さいことが明らかとなりました。この傾向は、令和元年度に岐阜県が実施したニホンジカによる森林下層植生衰退状況調査において、県南西部でニホンジカによる下層植生の衰退が顕著であったという結果とも一致していました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303314462-O7-PvKbwjUz】 【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303314462-O8-HcG0C38P

【今後の展開】
 本研究ではデータの質・量に対して適切なHBMを構築することによって、高い空間解像度でニホンジカ生息数を推定することができました。これまでのニホンジカ個体数推定は都道府県単位で実施されることが多く、市町村より狭い地域単位での生息状況を把握することは困難でしたが、本研究の成果を活用することによって捕獲や防除といった地域単位での対策を適切かつ効率的に検討・実施していくことが可能になります。今後、ニホンジカの保護管理において大きく貢献することが期待されます。
 一方、本研究では一部のデータを強く信頼する形でモデルを構築することによってニホンジカ個体数の推定に成功しましたが、この様なモデル構造に対して強く信頼できる現地調査データが量的・質的に不十分な場合、データの偏りが推定パラメータに強く影響を与えることにより適切な推定値が得られないというリスクが生じます。今後信頼性の高い現地調査データを時間的・空間的に十分量集積していくことにより、より正確で安定的なニホンジカ個体数推定が実施されることが望ましいと考えます。

【論文情報】
雑誌名:Mammal Study
論文タイトル:Examination of the appropriate inference procedure in a model structure for harvest-based estimation of sika deer abundance.
著者:Masaki Ando, Takashi Ikeda, Hayato Iijima
DOI: 10.3106/ms2021-0049
論文公開URL: https://doi.org/10.3106/ms2021-0049

※本論文に関しては一部記載内容に誤りがあったため、その修正内容がErrataとしてMammal Study同号巻に掲載されていることに注意されたい。ただし、修正内容は主要な結論に影響しない。

【用語解説】
注1) ハーベストベースドモデル(HBM):
野生動物の個体数を捕獲数およびその他の観測データから推定する状態空間モデルの一種である。基本的な構造としては、個体数の経年推移を表現する過程モデルと、各種観測データが得られた際の観測値とその時点での生息個体数との関係を表現する複数の観測モデルから構成される。

注2) 5㎢単位(狩猟メッシュ単位):
総務省の定めた標準地域メッシュ・システムに基づき、日本の国土には第1次地域区画(約80×80km)、第2次地域区画(約10×10km)およびは第3次地域区画(約1×1km)のメッシュが設定されている。多くの都府県では狩猟関連統計の集約において第2次地域区画の1/4にあたる約5×5kmを基本単位としたメッシュを採用しており、これは”5kmメッシュ”あるいは”狩猟メッシュ”と呼ばれている。

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