2100年を見据えて最適な選択を カーボンニュートラル実現に向けた環境経済学的アプローチ
2022.11.16発行
東洋大学
東洋大学 SDGs News Letter Vol.13
東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します
2100年を見据えて最適な選択を
カーボンニュートラル実現に向けた環境経済学的アプローチ
2020年以降の気候変動問題に関する新たな国際枠組みとして採択されたパリ協定を踏まえ、日本においても「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指し、温室効果ガス削減のための気候変動緩和策を推進しています。経済学部総合政策学科の松本健一准教授が、気候変動やその緩和策が経済活動に与える影響について解説します。
Summary
・カーボンニュートラル実現に向けた気候変動緩和策の進捗は世界的に芳しくなく、特に日本は遅れている
・気候変動緩和策は、長期的に見ると、経済にプラスの影響を与える可能性を秘めている
・カーボンプライシングやESG投資は、カーボンニュートラル実現に向けた有効な経済施策である
気候変動が経済に与える影響
気候変動緩和策の現状や経済に与える影響について教えてください。
パリ協定で掲げられた温室効果ガス排出削減目標を達成するために、各国は削減目標を定めて緩和策に取り組んでいますが、大きな成果を挙げている国はまだありません。他国と比べてリードしているのはヨーロッパで、気候変動問題の主因である炭素に価格を付けることで、排出者の行動を変容させる「カーボンプライシング」の導入が進んでいます。例えば、排出量に応じた課税を行ったり、企業ごとに排出量上限を定め、上限を超過する企業と下回る企業との間で排出量を取引したりといった仕組みづくりがこれにあたります。最近、日本でも導入の気運が高まってきましたが、政策的には非常に遅れています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202211159801-O1-TmEw2b68】
そもそも、気候変動に関する緩和策は短期的に見ると経済全体に対して良い影響を与えません。化石燃料の使用量を抑えるということは、経済活動の原動力であるエネルギーの消費量を減らすということです。エネルギー消費量が減れば、生産活動は縮小し、企業の収益も減少するため、必然的に経済が冷え込みます。しかし、長期的な観点に立つと話は変わります。2100年までの世界平均気温の上昇予測は1.5度程度から5度程度までいくつかのシナリオがありますが、緩和策により気候変動の上昇幅を抑えることができれば、気温上昇による労働生産性の低下などを防ぎ、経済全体に対する負の影響が小さくなるのです。また、企業単位では温室効果ガスの排出量削減に向けて投資を行い、技術開発を進めることで、環境面から経済活動が制限される時期が来たときに、取得した技術・特許で利益を得られる可能性があります。今のうちから先取りしてカーボンニュートラルを推進することにより、将来大きなメリットを享受することもできるでしょう。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202211159801-O3-7Wrc3hLY】
上図:温暖化によって変化した全球平均気温ごとの各地域の気温上昇の程度を示している(色が濃いほどより温度が上昇することを示す)。陸地のほうが海よりも気温が上昇する傾向にある。
(出典:IPCC AR6 WG1「Climate Change 2021: The Physical Science Basis」Summary for Policymakers p.16)
インセンティブで企業を動かす
緩和策の経済活動に対する影響が懸念される中、企業の温室効果ガス削減を促すには、どのような方策があるのでしょうか。
例えば、カーボンプライシングによってガソリンやガソリン車の価格が上がれば、ガソリン車を購入していた消費者が電気自動車や燃料電池自動車などのゼロエミッション車への切り替えを検討し、市場を通して需要が調整されます。需要が高まれば企業もゼロエミッション車の販売に力を入れるようになり、生産拡大や設備投資が進みます。また、技術開発にかかる費用も炭素税の税収を充填することで軽減でき、社会全体でコストを負担できます。
カーボンニュートラル実現に向けた企業の活動を後押しする仕組みとしては、「ESG投資」も注目されています。ESG投資とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)という3要素に関する分析を重視して行う投資です。現在の社会は気候変動を緩和する方向に向かっており、企業もその潮流に合わせて企業活動を行うことで、長期的に安定した収益を得られます。3要素に注力する企業に対して投資を行うESG投資は、長期的なリターンが見込めるため、ESGを基準にして銘柄を選ぶ投資家も近年増えてきました。ESGを重視する企業がサプライチェーンを構築する際に、ESG対策を行わない企業とは取引しないということも考えられるでしょう。環境対策やガバナンスの徹底にはコストがかかりますが、ESG投資を介して資金調達を行うことが可能になれば、企業にとって大きなインセンティブとなります。
気候変動と経済活動との関係について多様な角度から研究されていますが、現在特に力を入れて取り組んでいるテーマは何でしょうか。
気候変動に伴う生物多様性損失を通じたグローバル経済の影響について研究を進めています。気候変動が複雑な生態系や農業・水産業における資源量・生産性とどのように関わり、世界経済全体へと波及していくのか。緩和策を実施した場合の経済的メリットなどと併せて考察を深めていきます。
カーボンプライシングもESG投資も、一見すると企業にしか関係のない制度のように思えます。しかし、企業が作った製品を購入し、消費するのはわれわれ最終消費者です。気候変動の緩和策が進む中で、消費財への価格転嫁が進み、値段が上がることもあるでしょう。そうした状況になった際に、何が環境にとって良いのかを考え、一人ひとりが最適だと思う選択をすることで、よりよい世界を実現できると考えています。
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▲風力発電のような炭素を排出しない再生可能エネルギーへの転換は必須と言える(松本准教授撮影)
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松本 健一(まつもと けんいち)
東洋大学経済学部総合政策学科准教授/博士(総合政策)
専門分野:環境経済学、エネルギー経済学、環境政策、エネルギー政策
研究キーワード:気候変動、持続可能な発展、経済分析
著書・論文等:Economic Instruments to Combat Climate Change in Asian Countries (共著) [Kluwer Law International]、Heat Stress, Labor Productivity, and Economic Impacts: Analysis of Climate Change Impacts Using Two-way Coupled Modeling. [Environmental Research Communications]
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