抗生物質ライソシンEが宿主因子と微生物因子の相互作用によって高い治療効果を発揮することを発見
2021年11月8日
帝京大学
抗生物質ライソシンEが宿主因子と微生物因子の相互作用によって 高い治療効果を発揮することを発見 ~多剤耐性菌に対する治療薬としての応用に期待~
帝京大学薬学部寄付講座カイコ創薬学講座特任教授の関水和久と帝京大学医真菌研究センター准教授の浜本洋らの研究グループにより、抗生物質ライソシンEが既存の治療薬とは異なり宿主因子と微生物因子の相互作用を利用して高い治療効果を発揮することが明らかとなりました。
【研究の背景】
臨床の現場では、多剤耐性菌の出現により既存の治療薬が効かない感染症が深刻な問題となっており、新規メカニズムに基づく治療薬の開発が必要とされております。しかしながら、治療効果を有する新規抗生物質の発見確率は低下していることに加え、その開発には巨額の費用がかかることから近年の上市は非常に限られています。
関水特任教授と浜本准教授らの研究グループは、抗生物質ライソシンEを東京大学在職中の2014年に発見して報告しております [1] 。ライソシンEは他の抗MRSA薬に比べて抗菌活性は高くないにも関わらず、極めて低用量で治療効果を示します(表1)。今回、そのメカニズムが明らかとなりました。
【研究の概要】
多くの場合、血清中のタンパク質は抗菌薬の効果を阻害しますが、ライソシンEでは逆に抗菌活性が血清の添加により60倍以上上昇しました(表1)。そこで、関水特任教授と浜本准教授らの研究グループは、ウシ血清からライソシンEの治療効果を高める因子としてアポリポプロテインA-I(以下、ApoA-I)を同定しました。
また、マウスおよびヒト型のApoA-IによってもライソシンEの抗菌活性は上昇しました。さらに、ApoA-Iの遺伝子破壊マウスを用いた解析から、ApoA-IがライソシンEの治療効果の発揮に貢献することを見出しました。この結果は、特定の宿主因子が抗生物質の抗菌活性と治療効果に寄与することを明らかにした初めての発見です。
加えて、東京大学大学院薬学系研究科の井上将行教授らとの共同研究により、単独での抗菌活性は天然型と変わらないがApoA-Iに対する応答が低下しているライソシンEの誘導体を用いて、そのメカニズム解析を行いました。その結果、図1に示すステップにより、低濃度におけるライソシンEの抗菌活性がApoA-Iによって促進されることを明らかにしました。マウスモデルでライソシンEが低用量で治療効果を示す理由が明らかになったことにより、ヒトでも同様の現象が起こる蓋然性が示されました。
従って、実際の臨床においても他の抗MRSA薬に比べ低用量で治療効果が得られることが期待でき、ライソシンEの臨床応用への可能性がより明確となりました。また、ライソシンEについてはAMEDの創薬支援推進事業(創薬ブースター)における研究により安全性が確認されています。本研究成果により、この新規抗MRSA薬の開発推進が期待されます。
[1] Hamamoto et al, Nature Chemical Biology (2015)、
記者会見「新規作用機序を有する抗生物質ライソシンの発見カイコを利用した実験から」 (https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_261209.html)
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M104955/202111042877/_prw_OT1fl_3AFB3HWt.png】
表1 ライソシンEと他の抗MRSA薬のMRSAに対する抗菌活性及び治療効果の比較
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202111042877-O3-3O88YG28】
図1 ApoA-IによるライソシンEの抗菌活性の亢進メカニズム
ステップ1:ライソシンEの標的である細胞膜中のメナキノンによってライソシンEが膜中に誘導される。
ステップ2:膜上でライソシンEとメナキノンが相互作用する。この時、抗菌活性を示すに至らない低濃度のライソシンEは細菌の細胞膜の軽度の破壊を導く。
ステップ3:ライソシンEがメナキノンから細胞壁合成の中間体であるlipid IIに受け渡される。
ステップ4:ApoA-Iが存在する場合、lipid IIとApoA-Iの相互作用が、ライソシンEとApoA-Iの相互
作用を促進し、大規模な膜破壊がおこり細菌が殺菌される。
【発表雑誌】
雑誌名:「Nature Communications」
タイトル:Serum apolipoprotein A-I potentiates the therapeutic efficacy of lysocin E againstStaphylococcus aureus
掲載日:2021年11月4日(日本時間)19時00分
著者:Hiroshi Hamamoto, Suresh Panthee, Atmika Paudel, Kenichi Ishii, Jyunichiro Yasukawa,
Su Jie, Atsushi Miyashita, Hiroaki Itoh, Kotaro Tokumoto, Masayuki Inoue, Kazuhisa Sekimizu
DOI番号:10.1038/s41467-021-26702-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-021-26702-0
【助成金】
本研究は主に日本学術振興会 科学研究費助成事業(19K07140, 24689008)、文部科学省科学研究費 新学術領域研究「天然物ケミカルバイオロジー」(26102714)、公益財団法人 武田科学振興財団、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団、及び、日本医療開発機構 創薬支援推進事業の支援を受けて行われました。
※ライソシンEについては、関水特任教授が設立者であり顧問をしている株式会社ゲノム創薬研究所が特許権者として今後の開発に携わることとなります。
【用語解説】
※1 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA):黄色ブドウ球菌は免疫が低下した患者に対して感染症を引き起こすが、その中でもβラクタム系抗生物質に耐性を示すものを指す。他の抗生物質に対しても耐性を示す場合が多く、治療に難渋するケースが臨床で問題となっている。これまでは、院内での感染が問題とされてきたが、最近、市中感染型MRSAと呼ばれる病院外でのMRSAによる感染するケースが問題となってきている。近年では切り札とされているバンコマイシンに対しても耐性を示す黄色ブドウ球菌の出現が懸念されており、新たな作用機序を有する抗生物質の開発は喫緊の課題となっている。
※2 殺菌活性:抗生物質の作用には、菌を殺傷する殺菌活性と、殺傷はしないが増殖を抑制する静菌作用の2種類がある。ライソシンは前者の殺菌活性を示す。
※3 メナキノン:細菌のエネルギー生産に関わる電子伝達系の補因子として利用される、低分子化合物である。ヒトを含む哺乳動物では、その補因子としては構造が異なるユビキノンが用いられている。メナキノンを利用するのは一部の最近に限られており、そのためライソシンは細菌特異性に作用すると考えられる。
※4 lipid II:細菌の細胞壁合成の中間体で、細胞膜中に存在している。
※5 アポリポプロテインA-I:ヒトなどの様々な動物において血液中に存在し、脂質の運搬において必要不可欠な機能を有しているタンパク質である。
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