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BCGよりも結核がコロナ被害の国・地域差に関わることを発見


2021年6月19日
帝京大学

分野:生命科学・医学系 キーワード:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、国・地域差、結核菌、BCG、訓練免疫

 
BCGよりも結核がコロナ被害の国・地域差に関わることを発見

 帝京大学医学部地域医療学教授 井上 和男は、広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授 鹿嶋 小緒里氏との共同研究により、世界各国の過去における結核のまん延度と新型コロナウイルス感染症(COVID-19、コロナと略)との関連を調べ、結核の高度まん延国ほどコロナの死亡率および発症率が低いことを発見しました。従来提唱されていたBCGワクチン(BCG)の接種状況より結核のまん延度はこの国・地域差をよく説明しており、結核の潜行性持続感染による「訓練免疫」がコロナに対して防御的に働いている可能性を示しています。BCGは、過去の結核の流行度を反映した「見かけ上の関連(疑似相関)」の可能性があります。
本研究成果は、日本時間2021年6月19日(土)3時(米国時間2021年6月18日(金)14時)付に米国科学雑誌PLOS ONE(オンライン)に掲載されました。

<研究背景>
 コロナによる世界的流行(パンデミック)において、未解明の問題として著しい国・地域差があります。一般的にアジアより欧米でコロナの影響は甚大で、例えば死亡率は感染拡大初期の時点(2020年4月上旬)において最大で4桁の差になります。社会経済、文化あるいは衛生的状況などではこの差は説明できず、生物医学的要因の存在が推測されていました。
 一つの候補として、結核の予防に使われるBCGが、自然免疫機構を強化する「訓練免疫」によってコロナの発症予防や軽症化にかかわるのではと提唱されていますが、この仮説を支持しない研究もあり、未解明です。また、BCGの予防効果は本来の結核に対してさえ15年程度といわれており、乳幼児期のBCG接種がコロナに対してリスクの大きい高齢者で有効かは疑問です。一方で結核は、いまだ人類最大の感染症であり、日本をはじめとしてアジアでは20世紀に至るまで高度まん延国でした。日本では1950年まで死因の第一位であり、「国民病」と恐れられていました。よって、現在の高齢者の多くが若年時に結核に感染し(80歳代では70%)、細胞内に寄生しつづける「潜行性持続感染」状態にあります。

<研究内容>
一時的なワクチン接種による「人工能動免疫」よりも、結核のように持続感染する病原体による「自然能動免疫」のほうがはるかに強いであろうことから、以下の「結核既感染 vs. コロナ」仮説をたてました(図1)。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202106166366-O3-HMVt34Q7

 
・結核の潜行性持続感染(X)が訓練免疫(Y)を強化する
・かつて結核のまん延した地域(アジア)ではコロナ被害は少なく、結核の非まん延地域(欧米)では大きい
・BCG(W)は結核予防のためまん延地域で普及しており、BCG(↑)→コロナ(↓)という見かけ上の関連(疑似相関)がある

2020年4月5日時点でコロナ症例数200以上の98か国から、結核の発症率の最古の記録として、データベースに記載されている1990年の結核の発症率(10万人あたり)が報告されている90か国を分析対象としました。そして90か国の100万人当たりのコロナ死亡率および発症率および、そしてBCGの接種状況を調査しました。
1)図2は、研究の主結果です。1990年の結核の発症率をX軸、コロナ死亡率(a)と発症率(b)をY軸にとって90か国描画したグラフ(対数散布図なので実際の差ははるかに大きい)です。
BCG接種を行っている国を○(A)、過去には行っていたが現在は行っていない国を▲(B)、これまで施行したことのない国を■(C)として分類しています。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202106166366-O2-5koqnA13】 図2 世界90国における1990年の結核の発症率【X軸】と コロナ死亡率(a)および発症率(b)の散布図【Y軸】

 その結果、コロナの死亡率・発症率のいずれにおいても、1990年の結核の発症率とはマイナスの相関が、BCGの接種状況とも相まってみられました。
・結核の多かった国々はアジアに多く、BCGが現在も行われており(A)、コロナの死亡率も発症率も低い状態です。これらの国々はグラフでは右下に位置しています。
・逆に結核の少なかった国々は主に欧米であり、BCGはこれまで未実施(C)か中断(B)されており、かつ未実施国と中断国でのコロナ被害の差は不明瞭です。そして、コロナの死亡率・発症率も高い値を示しました。これらの国々は、グラフでは左上に位置しています。
また、この負の関係(結核↑⇒コロナ↓)は、国別の高齢化率、有病率そして裕福度(一人当たりの国民総生産)を考慮に入れた分析でも同じでした。さらに、
2)文献情報から取得した28か国の1950年の結核の死亡率(10万⼈あたり)でも同じ負の相関がみられました。
3)変化するコロナ流行によってこの結果が変わらないか検証したところ、2020年8月5日(4か月後)、そして2021年4月5日(1年後)においても結果は同じでした。
 上記は全て、「結核既感染 vs. コロナ」仮説を支持する結果となりました。

<研究成果と意義> 
 世界各国におけるコロナ被害の著しい差は、BCGよりも結核の過去におけるまん延度合いの差に起因する可能性が高いです。BCGは医薬品として入手できる最強の免疫刺激物質とされていますが、それ以上に潜行性持続感染する結核菌による「訓練免疫」が強力な効果があることは容易に予想できます。加えて、2009年の新型インフルエンザパンデミックでも日本の死亡率は欧米に比べて低い結果が出ています。この理由もコロナと同じく不明とされていますが、これもまた結核菌による訓練免疫がその理由の可能性があります。また、BCGが注目されたことで、高齢者など成人にBCG接種をすれば有効ではという仮説がありますが、本研究で支持される「結核菌による訓練免疫」説では否定され、この目的でのBCG接種は推奨されません。副次的ですがこれも意義あるものといえます。

<将来的方向>
 現在、コロナのパンデミックで世界は揺さぶられていますが、このウイルスの変異型に限らず、いつ何時新しい病原体が人類を襲うか分かりません。ワクチンの開発も無論重要ですが、それ以前に私たちの体に備わる自然免疫(訓練免疫を含めた)の解明が、基礎医学および公衆衛生医学の両面から求められます。そのために、このような国・地域差の要因は検証されていくことが望まれており、それによってより正確なリスク評価ができ、「その国・地域」にとって適切な対策につながることが期待されます。それはまた、感染症と対峙しながらも、社会経済活動とのバランスを維持し、失業や貧困を防ぎ、人と人の繋がりを保っていく「ポスト・コロナ」のあり方を考える時にも不可欠です。
 例えば本研究から導かれる仮説として、結核によって訓練免疫が強化されている人々の多い国・地域ではコロナウイルスが鼻粘膜に付着しても、そこで食い止められ体内には入らない、つまり厳密な意味では「感染」状態にならずにすんでいる可能性があります(現在はこれらの区別なく、全て「感染」者として報道されています)。これは例えて言えば、家の防犯ガラスが泥棒などの侵入者を食い止めるようなものです。泥棒がガラスを叩き割ろうとした痕跡は残りますが、盗難被害はない。PCR検査で陽性であっても、無症状の人が少なからずいるのはこういうことかもしれません。

用語説明
※訓練免疫:(発症する、しないに関わらず)病原体の刺激によって自然免疫機構が文字通り「訓練」されて、当該病原体のみならず他の病原体に対する防御能力を得ること。

論文掲載
本研究成果は、日本時間2021年6月19日(土)3時(米国時間2021年6月18日(金)14時)付に米国科学雑誌PLOS ONE(オンライン)に掲載されました。
タイトル:Association of the past epidemic of Mycobacterium tuberculosis with mortality and incidence of COVID-19
掲載URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0253169
なお、筆頭著者による本研究に関する動画説明を、YouTubeにて閲覧できます。
YouTube URL:https://youtu.be/AjNffYoPyJ0

 

 

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