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次世代NOx処理システムを開発 ~大気汚染問題に新たな道筋~


1. 概要
 定置用ボイラの排出ガスには、光化学スモッグや酸性雨の原因となる窒素酸化物(NOx)が含まれます。日本では現在、大型のボイラから排出されるガスに含まれるNOxは、脱硝装置によって取り除かれています。脱硝装置で利用される現行の触媒は、NOxの除去に必要な反応温度が高く、排ガス処理システムの自由な設計の妨げとなっていました。
 東京都立大学大学院都市環境科学研究科の猪股雄介特任助教、村山徹特任教授らは、中国電力株式会社と共に、低温で高い活性を示す脱硝触媒の開発の研究をしてきました。これまでの脱硝触媒は、300℃以上で作用しますが、100~150℃でも高い性能を有することが目標です。低い反応温度では、燃焼排ガスに含まれる水分の影響が非常に大きく、水分の存在が触媒活性を下げる要因となっていました。
 同研究グループは、既に五酸化バナジウム(V2O5)をバルクとして脱硝触媒に用いることを世界で初めて報告しています。更なる活性の向上に向けて今回の研究では、五酸化バナジウム(V2O5)結晶の金属骨格にタングステンを置換することにより、新規触媒を開発しました。タングステンに着目した理由は、タングステンはバナジウムと元素サイズが同程度であり、かつ金属酸素八面体構造により3次元的に五酸化バナジウム(V2O5)を結びつけることにより、構造を安定化することが期待されるからです。開発した触媒は、反応温度100~150℃、かつ水分が存在する条件でも高い活性を示しました。また詳細な研究により、その作用機構を明らかにしました。
 なお、研究の実施に当たって北海道大学 触媒科学研究所 窪田博愛(博士課程)、鳥屋尾隆助教、清水研一教授は、反応機構解析を担当し、北海道大学 坂口紀史准教授、神奈川大学 石川理史助教、上田渉教授は、物性解析の一部を実施し、山口東京理科大学 秦慎一助教は、触媒合成の一部を担当しました。
 この発見は、国内の排気ガス中の脱硝プロセスの省エネルギー化・低コスト化に繋がり、また、環境規制の高まる発展途上国の大気環境の向上に繋がることが期待されます。

2. ポイント
(1)現在の脱硝触媒は300~400℃以上の反応温度を要し、ボイラ直下に触媒を設置する必要があるため、触媒寿命の劣化を招きます。そのため、低温で高い活性を示す脱硝触媒の開発が求められていますが、低い反応温度では、水分の存在が触媒活性を下げる要因となっていました。
(2)今回の研究では、バルクの酸化バナジウムに原子状のタングステン原子を分散させた触媒(タングステン置換酸化バナジウム触媒)を新たに開発しました。これは100~150℃の低温で動作するため、従来の市販触媒と比較し反応温度の劇的な低温化を達成しました。
(3)タングステン置換酸化バナジウム触媒におけるタングステンの効果を明らかにしました。タングステン置換酸化バナジウム触媒のルイス酸サイトは、湿潤条件下でブレンステッド酸サイトに変換され、ブレンステッド酸サイトに吸着されたNH4+種がV5+上でNOと反応します。また、タングステンの添加によりバナジウムの酸化還元能も向上しました。これらの効果により、水の存在下かつ低温で水蒸気の影響を受けることなく触媒反応が進行しました。

3. 研究の背景
 モノを燃焼させるとNOxが生じます。NOxは、酸性雨や光化学スモッグの原因となるので、大気へ放出する前に取り除く必要があります。日本では1979年から、大規模ボイラに脱硝装置(NH3-SCR)が導入されており、V2O5/TiO2触媒が採用されています。この触媒プロセスは日本発の技術であり、これまで約40年間大きな変化が無く使い続けられていますが、問題点もあります。現行の脱硝システムは、ボイラ直下に設置されています(図1のシステム①)。これは、脱硝に必要とされる触媒の反応温度が350~450oC (火力発電所の例)と高温なためです。ボイラ直下に設置された触媒は、燃焼物の煤塵の影響を直に受け、物理的な破壊、ダストの付着による閉塞および活性点被毒により触媒寿命の劣化を招きます。現在は、触媒の交換が定期点検時に実施され、非常に多くの費用を必要としています。そのため、図のシステム②のように、排ガス処理システムの後段で脱硝プロセスを実施することが理想です。
 一方、ごみ処理発電等においては、触媒寿命の劣化を防ぐため、排ガス処理システムの後段に脱硝システムが設置されている処理システムもあります(図1のシステム②)。しかしながら、排気ガスが100~150oCまで低下するため、触媒が機能せず、熱エネルギーを投入して排気ガスを再加熱する必要があります。このガスの再加熱には、本来は発電に用いるエネルギーを利用するため、見掛けのCO2排出量が多くなります。触媒の性能を高めることで、100~150oCの排気ガスの再加熱をせずに脱硝を実施することができれば、大幅な省エネルギーとなり見掛けのCO2量を大きく削減できます。
 排気ガス温度を100~150oCへ低温化すると反応のための熱エネルギーが小さいという理由だけでなく、排気ガスに含まれる水分が反応阻害物質として働くため、反応の難易度が上がります。実際の排気ガスには水分が10~20%存在しますが、処理するNOxは数100ppm程度であり、水分濃度が1000倍以上もある状態です。多量の水分は、本来アンモニアが吸着する活性サイトを被毒してしまいますが、この効果は低温であるほど顕著になります。このため、低温かつ水分存在下で高活性を示す脱硝触媒の開発が望まれています。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202101250146-O2-11ZFoR86

4. 研究の詳細
 NH3-SCRは、NOxを除去するための重要なプロセスです。低温でNH3-SCRを行う場合、排気ガスに含まれる水蒸気は、反応の進行を著しく阻害します。今回の報告では、低温(100-150℃)および水の存在下(〜20 vol%)でのNH3-SCR用のタングステン置換酸化バナジウム触媒(図2)について研究しました。
触媒であるタングステン置換酸化バナジウムは、シュウ酸塩を用いて合成しました。原子分解能のHAADF-STEM画像から、結晶格子内のバナジウム原子の一部がタングステン原子で置換されていることを確認しました。 タングステン置換酸化バナジウム触媒は150oCで 99%以上(乾燥条件)、〜93%(湿潤条件: 5〜20 vol%(H2O))のNO転化率を示しました。
 反応メカニズムは、operando IRおよびUV-Vis測定を使用して研究しました。バナジウムサイトがレドックスサイトとしての役割を果たし、タングステンサイトがアンモニアの吸着のための酸サイトに寄与することを確認しました。また、タングステン置換酸化バナジウムのルイス酸は、湿潤条件下でブレンステッド酸に変換されることを明らかにしました。タングステン置換酸化バナジウム触媒のルイス酸サイトは、湿潤条件下でブレンステッド酸サイトに変換され、ブレンステッド酸サイトに吸着されたNH4+種がV5+上でNOと反応します。また、タングステンの添加によりバナジウムの酸化還元能も向上しました。これらの効果により、水の存在下かつ低温で水蒸気の影響を受けることなく触媒反応が進行しました。
 この研究は、北海道大学触媒科学研究所の共同利用・共同研究プログラム(20B1021)、文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業、および日本学術振興会科研費(20K15092)によって支援されました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202101250146-O1-F97k70Iw

5. 研究の意義と波及効果
 本研究によって、低温でのNOx処理が可能な触媒を見出すことができました。この触媒を利用する排ガスシステムの開発は、既にNH3-SCRが導入されている日本を含む先進国においては、触媒の低コスト化およびNOx処理の省エネルギー化に繋がります。また、大気汚染が深刻化している排ガス処理システムが整備されてない発展途上国においても、今あるボイラに対して、低温でのNH3-SCRシステムを簡便に後付けできる可能性があります。世界的に見ると大気汚染は重要かつ喫緊の環境問題となっているため、本研究の技術は大気環境の向上に大きく貢献できる可能性があります。

【用語解説】
窒素酸化物(NOx)・・・高温でものが燃えるときに発生する窒素の酸化物の総称で、大気中ではNO、NO2、N2O、などが存在します。燃料に含まれる窒素化合物や空気中の窒素が高温燃焼時に酸化されることにより発生します。窒素酸化物は、光化学スモッグや酸性雨の原因となります。(参照:独立行政法人 環境再生保全機構HP)

NH3-SCR・・・アンモニアを用いたNOxの選択触媒還元。アンモニアを還元剤として使用し、過剰の酸素存在下でNOxを選択的にN2に変換する方法。

ルイス酸、ブレンステッド酸・・・酸は電子対受容体、塩基は電子対供与体としたLewisの酸塩基の定義による酸をルイス酸とよぶ。一方、酸はプロトン供与体、塩基はプロトン受容体であるとしたBrönstedの定義に従い、プロトン供与体として働くものをブレンステッド酸とよぶ。(参照:「触媒の事典」,朝倉書店)

【論文情報】
‘Bulk tungsten-substituted vanadium oxide for low-temperature NOx removal in the presence of water’
Yusuke Inomata, Hiroe Kubota, Shinichi Hata, Eiji Kiyonaga, Keiichiro Morita, Kazuhiro Yoshida, Norihito Sakaguchi, Takashi Toyao, Ken-ichi Shimizu, Satoshi Ishikawa, Wataru Ueda, Masatake Haruta, and Toru Murayama*,
Nature Communications, (2020) in press.
DOI:10.1038/s41467-020-20867-w

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