ナスに単為結果性をもたらす仕組みを解明した成果が国際科学誌「米国科学アカデミー紀要」に掲載!
2020年10月26日
タキイ種苗株式会社
農 研 機 構
単為結果性品種の育成に道 ナスに単為結果性をもたらす仕組みを解明した成果が 国際科学誌「米国科学アカデミー紀要」に掲載! 果菜類の生産安定化と作業労力削減に期待
タキイ種苗株式会社(所在地:京都市、代表取締役社長:瀧井傳一)と農研機構(本部:つくば市、理事長:久間和生)は、受粉しなくても果実が肥大する単為結果という現象がナスで起こる仕組みを解明し、2015年に特許出願し、2017年に登録されました。<関連情報> 特許:第6191996号
この度、その成果が世界的に権威のある科学誌「米国科学アカデミー紀要(2020年6月9日発行)」に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010226084-O3-4zYzYccN】
単為結果性1)を示すpad-1変異体では、細胞分裂や肥大に関与するオーキシン2)の蓄積を抑える酵素の機能が失われる(つまり、オーキシンが蓄積される)ことにより、果実肥大することが明らかになりました。本成果は、着果促進剤処理が不要で高温などでも安定して果実を生産する単為結果性品種の育成に役立ちます。
ナスやトマトなどのナス科果菜類の栽培では、気温が高くなる夏場や日照不足になりやすい冬場に受粉や果実の肥大が妨げられ、収量が低下します。これを防ぐため、栽培時には着果促進剤が使用されますが、その処理のための作業には大きな労力がかかることが問題となります。一方、植物には受粉しなくても果実が大きくなる単為結果性という性質を持つものが存在し、これらの利用は省力化や生産安定化のために大変有用です。これまでに単為結果性を示す果菜類はいくつか見つかっていますが、そのメカニズムの理解は進んでおらず、単為結果性品種の育成が進みにくい一因となっていました。
そこで今回、農研機構とタキイ種苗株式会社の研究グループは、単為結果性を示すpad-1変異体を解析し、単為結果が起こる仕組みを明らかにしました。通常、単為結果しないナスでは、受粉するまでは子房3)内の植物ホルモンのオーキシン量が低い状態に保たれていますが、受粉後に増加し、その作用で果実が肥大します。pad-1変異体では、受粉前の子房のオーキシンの増加を抑える酵素の機能が失われており、受粉していない状態で高濃度のオーキシンが蓄積し、果実が肥大することが明らかになりました。
今回の研究成果を利用して、タキイ種苗株式会社では単為結果性のナス品種「PC筑陽(ピーシーちくよう)」を育成しました。この品種は、着果促進剤を使用しなくても通常の品種と同等の収量を示し、省力化や生産の安定化につながることから、現在普及が進んでいます。昨今の地球温暖化の急速な進行は、果実生産に悪影響を及ぼす可能性が懸念されており、単為結果性品種の利用拡大はこれを回避する有効な方法であると期待されています。
「米国科学アカデミー紀要」とは (英語:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、略称:PNAS または Proc. Natl. Acad. Sci. USA)は、1914年の米国科学アカデミー設立50周年を記念して創刊された機関誌です。現在、世界で最も引用されている総合的な学際科学雑誌の一つで、年間3,300以上の研究論文が発表されています。
開発の社会的背景
ナスやトマトなどの果菜類では、花で受粉が起こり、種を作るときに果実が大きくなります。ところが、夏場の高温や冬場の日照不足は受粉や果実の肥大を妨げ、収量が低下してしまいます。このため、着果促進剤を用いて果実を肥大させるための処理が行われますが、これらの作業には大きな労力がかかることが問題となります。一方、植物には受粉しなくても果実が大きくなる単為結果性という性質を持つものが存在します。これらの植物の利用は、栽培の省力化につながるとともに高温などの不良環境でも収量が安定することから大変有用ですが、そのメカニズムの理解は進んでおらず、単為結果性品種の育成が進みにくい一因となっていました。
研究の経緯
タキイ種苗株式会社研究農場では、単為結果性を示すpad-1変異系統を見出し(図1)、これを用いた品種の育成を進めていました。しかし、単為結果性がどのような仕組みで起こるかは明らかにされていませんでした。
研究の内容・意義
pad-1変異体ナスの単為結果の仕組みの解明
研究グループがpad-1変異体と単為結果しない通常のナスを詳細に調べたところ、pad-1変異体ではアミノ基転移酵素4)に分類されるタンパク質(Pad-1タンパク質)が変異により機能を失っていることを見出しました。通常のナスが作る正常なPad-1タンパク質を調べたところ、この酵素は果実を肥大させる働きを持つ植物ホルモンであるオーキシンの合成を逆行させる反応に関わることがわかりました(図2)。通常のナスでは、この酵素は受粉する直前まで働いており、オーキシンの増加を抑えることにより種子のない果実が出来ることを防ぐ役割を持つと考えられます。pad-1変異体では、この酵素の機能が失われているために受粉していない状態でも子房に高濃度のオーキシンが蓄積し、果実の肥大が起こることが明らかになりました。
単為結果性品種開発への利用
タキイ種苗株式会社では、pad-1変異を利用したナスの単為結果性品種「PC筑陽」を育成しました。この品種の栽培では、着果促進剤を使用しなくても通常の品種と同等量の果実が収穫可能です。このことから、pad-1変異のナスへの導入は、植物内部のオーキシン量を増加させ、外から着果促進剤(オーキシン)を与えた場合と同じ効果を示すことが明らかとなりました。
今後の予定・期待
単為結果性品種利用拡大によって期待される効果
研究グループは、pad-1変異体は通常品種が受粉しても果実肥大しないような過酷な高温環境でも果実肥大することを確認しています。また、単為結果性は着果促進剤処理を不要とするため栽培の省力化にも寄与します。さらに、トマトやピーマンにも同様の仕組みが存在することが明らかとなり、それらへの応用が進められています。地球温暖化の進行に伴い、より過酷な環境下での生産が強いられる中、ナス科果菜類生産性の安定化や向上に向けて、pad-1変異体をはじめとする単為結果性品種の利用拡大が強く期待されます。
用語の解説
1) 単為結果性
植物では、花粉がめしべに付き(これを受粉という)受精を経て正常に種子が形成されることが果実の着果および果実肥大の一般的条件です。一方、何らかの要因によって受粉が妨げられ種子が形成されない場合でも果実が正常に肥大・成熟する性質をもつ品種・系統があり、この性質を単為結果性とよびます。ナス、トマトなどの施設野菜栽培では、ホルモン処理やマルハナバチ類などの受粉を助ける昆虫の放飼などによる着果促進作業が安定生産のために必要ですが、単為結果性を持つ品種ではこれが 不要であるため、省力安定生産に大きく役立ちます。
2) オーキシン
主に植物細胞の伸長成長を促進する作用をもつ植物ホルモンの1グループの総称です。天然に存在するオーキシンとしてもっとも主要な物質はインドール-3-酢酸(IAA)です。また、合成オーキシンとしてナフタレン酢酸(NAA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などがあります。トマトやナスでは合成オーキシンであるパラクロロフェノキシ酢酸(4-CPA)が着果促進剤として用いられています。
3) 子房
被子植物の雌しべの基部にある部分のことです。中にある胚珠と呼ばれる部分は、受粉後に受精が行われると種子になります。ナスやトマトでは子房が肥大して果実になります。
4) アミノ基転移酵素
アミノ酸とα-ケト酸の間でアミノ基を転移させる反応を触媒する酵素の総称です。生物は多くの種類のアミノ基転移酵素を持ち、それぞれの酵素は生体内で様々な化学反応に関与しています。
発表論文
Satoshi Matsuo1, Koji Miyatake1, Makoto Endo2, Soichi Urashimo2, Takaaki Kawanishi2, Satomi Negoro1, Satoshi Shimakoshi2 and Hiroyuki Fukuoka1, 2 (2020) Loss of function of the Pad-1 aminotransferase gene, which is involved in auxin homeostasis, induces parthenocarpy in Solanaceae plants. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117(23):12784-12790.
1: Institute of Vegetable and Floriculture Science, NARO, 2: TAKII &CO.,LTD
(日本語訳)松尾 哲1、宮武宏冶1、遠藤 誠2、浦霜聡一2、河西孝昭2、根来里美1、島越 敏2,福岡浩之1,2 (2020) オーキシン恒常性に関与するアミノ基転移酵素遺伝子Pad-1の機能欠損はナス科植物の単為結果を誘導する. 米国アカデミー紀要 117巻(23号): 12784-12790.
1:農研機構野菜花き研究部門、2:タキイ種苗株式会社
研究体制
研究推進責任者:タキイ種苗株式会社 常務取締役 加屋 隆士
農研機構野菜花き研究部門 部門長 岡田 邦彦
研究担当者 :農研機構野菜花き研究部門 研究推進室 松尾 哲
タキイ種苗株式会社 研究農場 遠藤 誠
農研機構野菜花き研究部門 野菜育種・ゲノム研究領域 宮武 宏治
参考図
図1.
通常のナスとpad-1変異体の果実。通常のナスでは受粉しないと果実が大きくなりませんが、pad-1変異体では受粉しなくても果実が大きくなります。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010226084-O1-OG8kIj45】
図2.
pad-1変異体で単為結果が起こる仕組み。植物体内では、果実の肥大に関与するオーキシン(IAA)はトリプトファンというアミノ酸から前駆物質を経て合成されます。通常のナスでは、受粉する前はPad-1タンパク質が前駆物質をトリプトファンへ戻す反応を触媒し、オーキシン量が低い状態に保たれています。一方、pad-1変異体では、Pad-1タンパク質が機能を失い、受粉していなくてもオーキシンが蓄積し、その作用で果実が肥大する単為結果が起きます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202010226084-O2-MFs6mz7z】
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