公的年金(老齢年金、障害年金、遺族年金)は、その時々の経済状況に合わせて、年度ごとに金額を改定します。
つまり毎年4月に金額が変わりますが、公的年金は偶数月(2月、4月、6月、8月、10月、12月)に、前2か月(前々月、前月)分がまとめて支給されるため、振込額が実際に変わるのは6月からです。
また65歳から支給される老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)は原則的に、次のようなルールで金額を改定します。
67歳以下の新規裁定者
過去3年度平均の賃金の変動率がプラス(マイナス)になった分だけ、老齢年金を前年度よりも増額(減額)させるのです。
68歳以上の既裁定者
前年の物価の変動率がプラス(マイナス)になった分だけ、老齢年金を前年度よりも増額(減額)させるのです。
以上のようになりますが、厚生労働省の発表によると、2023年度の老齢年金に適用される改定率は、次のような数字になるようです。
・ 過去3年度平均の賃金の変動率:+2.8%
・ 前年の物価の変動率:+2.5%
ただ2004年の法改正でマクロ経済スライドが導入されたため、ここから2023年度分のスライド調整率の、0.3%が差し引かれます。
また2016年に法改正が実施され、差し引けなかった年度分のスライド調整率を、翌年度以降に繰り越すようになったので、過去の年度分のスライド調整率の、0.3%も差し引かれます。
これらのスライド調整率を加味した最終的な改定率は、次のような数字になるのです。
・ 新規裁定者:+2.2%(+2.8%-0.3%-0.3%)
・ 既裁定者:+1.9%(+2.5%-0.3%-0.3%)
このように両者とも改定率はプラスになるため、前年度より老齢年金は増額します。
そのため得したように感じるかもしれませんが、実際はスライド調整率の分だけ、こっそりと年金が減っているのです。
年金事務所への請求手続きとは別に請求手続きが必要となる「厚生年金基金」とは
インフレ時代は賃金や物価の変動率がマイナスになりにくい
賃金や物価の変動率から差し引かれるスライド調整率は、現役人口の変動や平均余命の伸びを元にして算出されます。
またスライド調整率を差し引くのは、年金財政が安定化する見通しが立つまでになるため、永久に続くわけではありません。
2019年に実施された年金財政検証によると、例えば国民年金の財政が安定化する見通しが立つのは、2046~2058年度くらいになるようです。
そうなると賃金や物価の変動率から、スライド調整率を差し引くのは、永久ではないといっても、あと数十年は続いていくと推測されるのです。
過去の年度において、賃金や物価の変動率から差し引かれたスライド調整率は、次のような数字になります。
・ 2015年度:-0.9%
・ 2019年度:-0.5%
・ 2020年度:-0.1%
このようにマクロ経済スライドは、2004年の法改正で導入されたにもかかわらず、賃金や物価の変動率からスライド調整率が差し引かれたのは、たった3回しかないのです。
その理由としては賃金や物価の変動率がマイナスの年度には、スライド調整率を差し引かないというルールになっており、かつ2004年以降の日本は、そういった状況が続いてきたからです。
しかし現在の日本は状況が大きく変わり、インフレ(継続的に物価がプラスになる現象)が社会問題になっています。
また企業は従業員がインフレで困らないように、大幅な賃上げを実施しているのです。
そのため賃金や物価の変動率が、当面はマイナスになりにくいため、スライド調整率によって、こっそりと年金が減るのが、毎年の恒例になる可能性があります。
受給開始が遅くなるほどスライド調整率による減額が累積する
老齢年金の支給開始は65歳からになりますが、支給額が減っても良いのなら、最大で60歳まで受給開始を繰上げできます。
これとは逆に老齢年金の受給開始を、最大で75歳まで繰下げして、この金額を増やすことができます。
あと数十年はスライド調整率によって、少しずつ老齢年金が減っていくため、できるだけ受給開始を繰下げして、老齢年金の金額を増やした方が良いという考え方があります。
一方で老齢年金の受給開始が遅くなるほど、スライド調整率による減額が累積するため、受給開始を繰上げした方が良いという考え方もあるのです。
また繰上げした時の1か月あたりの減額率は、もともとは0.5%だったものが、2022年4月からは1962年4月2日以降生まれであれば、0.4%に引き下げられました。
こういった点から考えると、老齢年金の受給開始を繰下げするより、繰上げして早く受給した方が良いと思うのです。
65歳以降も厚生年金保険に加入した方が良い
賃金や物価の変動率からスライド調整率が差し引かれると、年金の実質的な価値が目減りするため、生活に余裕がなくなります。
そのため65歳で老齢年金の受給を始めた後も、パートやアルバイトなどとして、できるだけ長く働き、この目減り分を補った方が良いのです。
実際に65歳以降も働く場合には、厚生年金保険の加入年齢の上限である70歳まで、これに加入した方が良いと思います。
その理由としては65歳から70歳までに、勤務先から受け取った賃金(月給、賞与)の平均額や、厚生年金保険の加入月数に応じて、65歳の時点よりも老齢厚生年金の金額が増えるからです。
また2022年4月から在職定時改定が始まったので、基準日(毎年9月1日)に厚生年金保険に加入している場合、前年9月から当年8月までの年金記録を加えて、老齢厚生年金の金額が再計算されるからです。
このような仕組みで再計算された老齢厚生年金は、基準日が属する月の翌月である、10月(振込額が実際に変わるのは12月)から支給されるため、年に1度のペースで老齢厚生年金が増額します。
在職定時改定が始まる前は、65歳から70歳までの間に退職しなかった場合、70歳になるまで老齢厚生年金は再計算されなかったので、かなりお得になったと思います。
ただ60歳以降も厚生年金保険に加入している場合、「月給+過去1年間の賞与÷12」と「老齢厚生年金÷12」の合計が、47万円(2023年度以降は48万円)を超えると、老齢厚生年金が支給停止になる可能性があります。
そのため60歳以降は厚生年金保険に、加入しない方が良いと主張する方がいるのですが、47万円を超えるケースは、あまり多くはないと推測されるのです。
また支給停止になるのは老齢厚生年金だけであり、老齢基礎年金、障害年金、遺族年金などは支給停止にならないのです。
なおパソコンやスマホなどから、ねんきんネットにログインして、60歳以降に勤務先から受け取れそうな賃金の金額を入力すると、支給停止が始まった場合の受給額などを試算できます。
これに加えて繰上げ(繰下げ)を利用した場合に、どのくらい減額(増額)するのかも試算できるため、ねんきんネットはかなり便利だと思います。(執筆者:社会保険労務士 木村 公司)
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