ワコム Research Memo(6):全社戦略は3つの軸で臨む
1. 新中期経営計画『Wacom Chapter 2』の概要
ワコム<6727>はかねて、中期経営計画を策定しその取り組みを通じて中長期の成長の実現を図ってきた。2018年4月に代表取締役社長兼CEOに就任した井出信孝氏は、2017年10月に代表取締役社長兼CEOへの就任が発表されて以来、新たな成長戦略の策定に取り組んできた。その成果が今年5月、新中期経営計画『Wacom Chapter 2』(2019年3月期−2022年3月期)として公表された。
新中期経営計画の“Chapter 2”(第2章)というタイトルには、“for a creative world”という同社の経営ビジョンのもと、2018年3月までの成長過程を“Chapter 1”とし、それを引き継いだものという意味が込められている。
その上で井出新社長は、新中期経営計画には“Life-long Ink”という新たなコンセプトを盛り込んだ。このポイントは「手書き」の“Ink”にある。これはデジタルインクを意味している。お客様の生涯を通じて最高のデジタルインク体験を届けることが、同社の最もこだわるテクノロジー(技術)の新たな代名詞となっていくことをアピールしているものと弊社では理解している。
『Wacom Chapter 2』の全社戦略は、1)Technology Leadership、2)Island & Ocean、3)Extreme Focus、の3つで構成されている。この全社戦略は、新中計を実施していくうえでの行動規範、あるいは基準(スタンダード)ということができるだろう。
Technology Leadershipは技術革新を顧客に提供し続けることや、技術で差別化を図ることを意味している。同社は従前よりテクノロジーに強いこだわりを有しているが、今回は2つの点で特徴的だ。1つは、“顧客との対話”、“顧客ニーズ”、“顧客目線”などの言葉に象徴されるように、顧客のための技術を強調している点だ。もう1つは、「技術革新」の中に“手書き/手描き”の価値をアピールすることが織り込まれている点だ。前者についてはあえて言うまでもないが、後者についても、ペンタブレットの特性を考えれば極めて重要な視点と言える。この2つの視点で技術革新を実現し、現在の事業ドメインにおいてリーダーの地位を確固たるものにしていく狙いだ。
Island & Ocean(島と海のビジネス)とは、同社のブランド事業(アイランド)とテクノロジー事業(オーシャン)を表している。これら2つはそれぞれ異なる使命を帯びている。ブランド事業は最終製品を「ワコム」ブランドでユーザーに提供するビジネスだ。ここでは技術的あるいは機能的に深掘りして行き、最高の体験を顧客に提供することを目指している。一方、テクノロジー事業では同社の技術をサードパーティ(社外の第三者)に提供し、彼らをパートナーとして同社のデジタルペンやデジタルインクの技術をデファクトスタンダードにすることが目標だ。したがって、パートナーとして選択してもらえる技術、かつ、同社よりもはるかに巨大な顧客企業との関係にあって(同社が)埋没しない技術、の開発を追求していくことになる。こうしたそれぞれ違う使命を持った両者を緊密に連携させ、シナジーを追求しながら成長を目指していくことがIsland & Ocean戦略のポイントだ。同社がこの戦略において、敢えてブランド製品事業、テクノロジーソリューション事業という言葉を使わずに、ブランド事業、テクノロジー事業と呼ぶのは、2つの事業領域の連携性を高めることによって、既存の事業分野に捉われない新しい事業領域を生み出そうとの試みを示しているとも言える。
Extreme Focusは“大胆な選択と集中”を意味している。井出社長は“すべての領域とすべてのオペレーションで大胆な選択と集中を実行する”としている。この戦略は、同社の身の丈(企業規模や人的リソースなど)を超えて商品ラインアップや技術開発を拡大して業績悪化を招いた過去の反省から出たものとみられる。現在の同社の企業規模に照らすと、フォーカスした事業展開、メリハリの利いた人材リソースの投入といったことは不可欠と考えられる。現状では、絞り込みがどういうレベルでそれが行われるのか(例えば、事業部単位なのか、商品のラインアップの単位なのか、SKU(在庫管理単位)のレベルなのか、など)について、検討は進んでいるものの具体的に固まっているわけではないもようだ。今後の事業展開のなかで状況を見ながら判断していくことになるとみられる。他方で、集中・強化の動きは一部で既に始まっている。同社はデジタルインクに関連する部署を統合し、Ink Division(インク部門)を設立した。これまで複数の部署がデジタルインクに関連する業務を行っていたのを発展的に一元化し、顧客志向を更に高めた選択と集中を徹底し、効率性と開発スピードを上げる狙いとみられる。今後、こうした動きが全社的に徐々に増加してくると期待される。
“顧客志向の技術革新”など4つの重要取組事項に挑む
2. 具体的な取り組みと業績見通し
前述の全体戦略を受けた具体的な取り組みとして、同社は4つの重要取組事項を掲げている。
(1) 顧客志向の技術革新
2017年3月期の業績悪化の直接の要因の1つはブランド製品事業の不振であった。それをもたらした背景には、商品企画や商品開発が自社のキャパシティを超えていたことや、顧客満足度を追求しきれなかったことなどがある。これらの点は経営課題と認識され、これまで改善の取り組みが進められてきた。
今後は前述のTechnology Leadershipのフレームワークに則り、技術革新を具体的なブランド製品へと落とし込み(製品化し)、成長を追求していくことになる。詳細はまだ明らかにされていないが、今後の同社の技術的アピールで大きな位置を占めると考えられるのがデジタルインクだ。デジタルインクの進化の方向性の1つとして、VR(Virtual Reality、仮想現実)やMR(Mixed Reality、複合現実)の技術との融合及びそれを生かした製品が示唆されている。
テクノロジーソリューション事業は、前述のように、パートナー戦略が骨格となっている。大手PC/タブレットメーカー等と提携して同社のペンタブレット技術を拡大させていくというものだ。今後の成長戦略の軸足を新規市場の開拓に置き、具体的市場として、教育分野でのデジタルペンの普及や、デジタル文具市場の開拓、AIとの連携などを想定している。
(2) 組織/オペレーションの改革
同社は課題の解決のための一環として組織再編にも取り組んでいる。主眼は顧客フォーカスと簡素化された組織体制の2つで、これを実現するべく取り組んでいる。これまでに、デジタルインク関連部署を統合してInk Divisionを設立したほか、CTOオフィスの設立、商品開発プロセスの見直し、事業に帰属したカスタマーサポートへの再編、などに取り組む方針だ。これらの組織再編により、技術革新、開発手法、CRM(顧客管理)、品質向上などの課題解決を加速させていくことになる。
(3) 収益性を重視した財務体質の確立
収益性の観点で同社がまず取り組むのは、販管費の最適化だ。具体的な目標として、「売上高販管費率を過去10年間で最低レベルまで抑制する」ことを掲げている。2013年3月期の26.7%が過去10年の最低値ということになり、これが今後の目安になるとみられる。
重要なことは販管費の絶対額ではなく、あくまで対売上高比率だということだ。同社が掲げるTechnology Leadershipの実現のためにも、同社は研究開発への積極投資は維持することを明言している。一方で、それ以外の部門での生産性向上とコスト削減を徹底し、分母となる売上高の拡大を図り、売上高販管費率の低減を目指す方針だ。
(4) 取締役会改編による経営の質向上
井出社長は、経営の質を向上させるには、個人に依存するのではなく取締役会の十分な議論を経て経営判断を行う体制が不可欠と考えている。テクノロジーカンパニーとして質の高い戦略議論ができる取締役会こそが、井出社長が理想と考える取締役会ということだ。
改編の視点としては、戦略議論ができる人選、取締役会の規模の適性化、公平性・透明性確保のための社外取締役の登用、の3点が挙げられており、この枠組みに沿って取締役会の改編が進むと期待される。
上記(1)~(4)の取組事項とその内容は、現時点で着手または想定している一例に過ぎないと弊社では理解している。この4項目には、前中期経営計画を途中で取り下げざるを得ない状況に追い込まれたことを率直に反省し、まずは現存する課題を1つ1つ解決していこうという決意が現れていると言える。したがってこれら“重要な取組事項”は、今後の進捗に従って具体的な内容や項目自体が変化していくものと推測している。
2022年3月期に営業利益率10%を可能とする売上高1,000億円を
目指す
3. 中期経営計画の財務目標
同社は『Wacom Chapter 2』における財務目標として、最終年度の2022年3月期に営業利益率10%、売上高1,000億円、連結ROE15%~20%を掲げている。
売上高の事業セグメント別内訳は、ブランド製品事業が60,400百万円、テクノロジーソリューション事業が39,600百万円となっている。4年間の年平均成長率は、それぞれ6%、4%だ。テクノロジーソリューション事業の年平均成長率が低くなっているのは、パートナー戦略の重要性が高く、それだけ不確実性や不透明性が高いことが要因とみられる。同社の本音としては、ブランド製品事業のそれを凌駕するような高い成長率を想定しているものと弊社では推測している。
目標ROEが15%~20%と幅を持っているのは、株主資本コストとの相対関係でROEを考えていくという資本政策を採用するためとみられる。当然ながら「ROE>株主資本コスト」を目指すことになるが、同社が具体的に株主資本コストをどの水準に置いているかは明らかにされていない。
株主還元については、株主還元策の項で述べることと一部重なるが、配当を基本とし、特別配当や自己株式の機動的な取得についても検討するとしている。その上で配当については安定的に成長(増配)させることを方針とし、配当性向については補助的な指標として30%を目安とするとしている。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 浅川 裕之)
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