イズムレスの時代:資本主義・民主主義・保守主義・社会主義・自由主義(1-2)【実業之日本フォーラム】
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)
聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)
本稿は、「イズムレスの時代:資本主義・民主主義・保守主義・社会主義・自由主義(1-1)【実業之日本フォーラム】」の続きである。
■コロナで岐路に立たされる自由民主主義
白井:米中対立の根幹には、中国が現在の国際秩序を中国に都合のいいように作り変えようとしている点があります。しかしながら、これは米国中心の今の国際秩序が良いという事が前提となっています。アメリカだけで、新型コロナ感染拡大で70万人近い死者を出しているということから、米国中心の国際秩序が果たして正しいのかという議論が、当然出てくるような気がします。その場合、正しいというための価値基準はどの辺りに設定されると考えますか。
船橋:米中は新たなイデオロギー闘争、最後は生き方の違いを巡る闘争を行っています。自由主義陣営として心得ておかなければならないことは、「我々の社会、政治体制の方が優れていますと言っても、新型コロナ感染拡大に対応できなかったのではないか」、と言われることです。国民を守れない体制が果たしていいのかという疑問にどう答えるかです。自由民主主義体制として、大きな課題を抱えたと言えるでしょう。
しかしながらこの課題は、コロナの前から問われてきた課題でもあります。自由主義の歴史、民主主義の歴史を考えた場合、自由主義では基本的に少数の強者の論理が重視されます。ある意味、一部エリート、特権階級の論理にもなり得ます。この論理は、できるだけ多くの人の国家権力からの自由、徴税からの自由といった、個々の人間の自由をいかに守るかという事から始まっています。
時代が下って、日本では西園寺政権から原敬、加藤高明の時代にかけて普通選挙の法制化への機運が生まれ、さらには最低限の生活を国家が保障する年金制度が定着していきます。ここで自由と民主主義が結合し、自由民主主義となってきました。そして、自由民主主義国家がOECDを中心として戦後の世界を形作ってきました。西欧では、1880年代くらいから、ビスマルクのドイツ、第一次世界大戦後のヨーロッパ、そして第二次世界大戦後のアメリカと広がってきました。自由民主主義は、人間の営為と努力によって勝ち取ってきたものです。神から与えられたものでも何でもありません。
この大事な自由民主主義が、岐路に立たされているという認識が必要だと思います。この岐路はどこから生み出されたのか。一つは、成長が約束できなくなったという事です。これはGNPを中心に作ってきた一つの経済発展史観というものが、今大きな隘路に差しかかっていると言ってもいいと思います。
国民総生産、GDP、かつてはGNPと言っていました。1934年にアメリカの経済学者であるサイモン・クズネッツが、ブルキングスの研究として、1929年から1933年までの4年間の大不況で、アメリカの国民所得はどの程度減少したのかを数字で示したものです。マクロ経済の観点から、国の経済というのはどの程度所得として計算できるかというものを作りました。ここでの結論は、50%下がったというものです。特に、ブルーカラーの賃金労働者の所得は、80%下がったという衝撃の結論を出しました。これが最初のGNPの概念です。フランクリン・ルーズベルトはこの数字を使って共和党のフーバー政権を追い込みました。GNPは大不況の産物でした。これ以降、経済の動向を大きく捉えて、これに対して財政金融政策をたてるといった経済政策をとるようになりました。
白井:GDPを大きく低下させるものには、大不況に加えて戦争があると思います。第1次世界大戦の戦後処理に関し、あまりにも過酷な賠償金をドイツに課したためドイツ社会が不況にあえぎ、これが全体主義を生む土壌となり、第2次世界大戦の原因の一つなったと言われています。その意味では、戦後復興においてもいかに経済復興させるかというのが、以後の国際秩序を形作るためには重要なのでしょうね。
船橋:戦後の日本やドイツの復興に関しては、もう二度と侵略を起こさないように、工業化させないという意見もありました。しかしながら、GNPをきちんと成長させてこそ、中産階級が生まれて政治的に安定する。安定した国は、革命や他国への侵略を考えなくなるという考えが主流となりました。この考え方がマーシャルプランに繋がったわけです。マーシャルプランというのは、いわば、GNP主義を体現したプログラムと言えます。これは成功しました。
しかしながら、日本の長いデフレを周回遅れで追うかのように、ほかの国でも日本化が起こってデフレが長期化しています。これには人口減少の影響もあります。日本を始め西洋諸国は、人口、特に労働者人口が減り、それが原因で更に全体人口が減っていくというパターンに入り込んでいます。労働人口を確保するために移民を増やそうとすると、今度は移民に反対するポピュリズムが生まれてしまい、隘路に嵌ってしまいます。そして、シルバー民主主義、つまり年金等を含めて高齢層が既得権益化し、資源配分が極めていびつな形となっていきます。従って、より能動的にリスクをとるといった投資に対するインセンティブが減少するという状況になっています。このような状況で、今回のコロナ禍を迎えたのです。基本的には、成長をめぐって長期的なデフレという傾向が、経済・社会的に生まれてきているのです。
最後にとどめを刺しているのが、AI等の第4次産業革命です。労働が、より機械に代替可能なもの(コモディティ化)となり、賃金の低下が現れてきたことです。これがアメリカやイギリスで典型的にあらわれてきており、自由主義に対する大きな逆風となっています。
もう一つの問題は、格差です。技術革新やグローバリゼーションといっても、結局一握りの人が成長の果実を味わうだけだという事です。成長しなくなった中で、少しばかりの成長も金持ちだけに行くという格差の課題です。この格差は、富や資産の格差に留まりません。教育格差があります。ハーバード大学では、学生の3分の1が近親者にハーバードの卒業生がいる、レガシー・ステューデントと言われています。ハーバード大学というと、各エリアに指導者を排出する名門大学ですが、世襲制に近い状態となっているのです。そもそも、大卒と高卒では初任給に圧倒的な差があります。極めつけは健康の格差です。さまざまな格差は、最終的には健康の格差として現れてきます。ハーバード大学医学部研究チームが2008年に発表した結果によれば、2000年の高校卒業資格以下のグループの平均余命は50年、それ以上の学歴グループは57年と7歳の開きがあり、この差は次第に拡大しています。
長期のデフレと格差問題は連鎖します。長期デフレ対策として、低金利政策で市場に資金を潤沢に提供すれば資産バブルを生みます。本来であれば、低金利は労働者や若者にプラスになるのですが、実際は金持ちだけに資金が集まります。デフレの時代は基本的に持てる者、高齢者に有利です。これに低金利政策で資産インフレとなり、格差が広がるという状況に陥っています。この連鎖を断ち切れないことが、自由民主主義を脅かしていると言えます。
白井:ニューヨーク市が、住所の郵便番号からコロナ死亡者の分布を調査したところ、年収15,000ドル以下の貧困層が多く住むブロンクス地域に多いことが判明したとの記事がありました。米政治専門誌「ポリティコ」によると、貧困率1割以下の地域の死亡率は人口10万人当たり100人でしたが、貧困率が3割以上の地域では、死亡率が2倍以上の232人だったということです。
今回のコロナ禍では、所得格差が健康格差となり、これが寿命格差にもつながることが如実に示されたと思います。例年、アメリカの大統領選挙ではネガティブキャンペーンが多く行われ、これが対立を先鋭化させるという傾向があります。昨年の大統領選挙は、コロナ禍もあり、より対立が激しくなったように思います。バイデン大統領は、アメリカ社会の分断をうまくコントロールできるでしょうか。
船橋:今回のコロナで、マスクを着けるか、着けないかというだけで、アメリカ社会があれほど分断するのかという問題が提起されました。2020年3月にアメリカのある大学のチームが、マスクを含めて、この様な分断を生んだファクターについて調査を行いました。性別、教育、学歴、地域別、年齢等のファクターを調べた結果、分断を生んだのは政党に対する帰属意識ではないかとの結論を得ています。共和党なのか民主党なのか、あるいはどちらにより親近感を感じているかという事が決定的だったという調査結果です。これは重要な報告書です。
そもそも政党というのは、民主主義の中でしか生きられません。色々な人の既得権益や要望をいかに調整して一つの方向にまとめていくかという事が、政党の重要な役割です。そして同様にして作られた他の政党と交渉し、妥協点を探っていく、これが政党政治です。あくまでも、妥協のためのツールでしかないのです。ところが、今回の分断においては、政党が自らのアイデンティティを託する場となってしまったのです。政党を自分のアイデンティティのアバターと見なすような政治観、政治文化が生まれてきたのです。そうなると、本来妥協の場である政党間で交渉や妥協ができなくなります。
(本文敬称略)
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