アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(3)【実業之日本フォーラム】
4.タリバンにどう向き合うべきか——今こそ外交復権のとき
念願のカブール制圧を果たしたタリバンはこれから、シャリーア(イスラム法)統治に基づく「アフガニスタン・イスラム首長国」の樹立を目指すだろう。今後、国際社会はタリバンに、どう向き合うべきか。
オバマ政権で国務副長官を務めたウィリアム・バーンズは自著『バックチャンネル』で、アフガニスタンをめぐって「外交の軍事化」が進んでいたとし、次のように述べている。
軍事的手段に頼りすぎると、政策は泥沼に陥る。…外交の軍事化(the militarization of diplomacy)は罠である。それは過剰な、あるいは早すぎる武力行使につながり、非軍事的な手段を重視しないことになる。バラク・オバマが好んで言ったように「主な道具がハンマーであれば、すべての問題が釘のように見えてくる」のである。…(国防長官を務めた)ゲイツとマティスは、軍の任務と能力の重さが、外交の視野を狭めたり、その中心的な任務を歪めたりする可能性があることを理解していた。イラクやアフガニスタンでは、外交官は軍の対反乱(counterinsurgency)戦略の脇役に甘んじ、現地社会の構築や、アメリカ人の能力では達成できないような国づくり(nation-building activities)に夢中になっていた。(アメリカの)外交官の役割は、国務省ではなく、19世紀の大英帝国植民地省の役割を再現することかと思われることもあった。イラクやアフガニスタンの人々自身が築くしかないガバナンスや経済構造を構築するための長期的な取り組みに、限られた文民のリソースを投入するよう迫られた。
米軍の重しが外れた今、求められるのは外交の復権である。
バーンズはバイデン政権で再び政府に戻り、2021年3月から中央情報局(CIA)長官を務めている。バーンズCIA長官は8月23日にカブールを極秘訪問し、ハリルザード特別代表のカウンターパートだったタリバン幹部のバラーダルと会談していたと報じられている。早速、バーンズ自らバックチャンネルを使って「外交の非軍事化」を進めているようだ。
「力の真空」を埋めようとしているのはタリバンだけではない。地政学的な要衝にあるアフガニスタンをめぐって、中国、ロシアも影響力を強めつつある。中国の王毅・国務委員兼外交部長は7月、タジキスタンで開催した上海協力機構(SCO)外相会合でガニ政権のアトマル外相と会談し、その二週間後に天津市でタリバンのバラーダルと会談していた。
タリバンとしても、アメリカやNATOという「占領軍」をようやく追い出した今、ふたたび外国の介入を許すつもりはないだろう。しかしタリバンは「イスラム首長国」樹立について国際社会の承認を必要としている。1996年のタリバン政権は、サウジアラビア、パキスタン、UAEの3か国にしか承認されなかった。硬軟織り交ぜた外交を展開してくるだろう。
米国が退場しつつある中、タリバンという難しい相手を前に、中国やロシアとて単独で支えるつもりはない。対アフガニスタン外交は多国間外交が主軸になっていくだろう。
これからの多国間外交では二つのことが大切になる。
第一に、G7と豪印を主軸とする民主主義勢力は結束し、自由で開かれた多国間主義に基づき対アフガニスタン外交を進めるべきである。
8月24日のG7首脳テレビ会議は重要な節目となった。まだ国外退避が続く中での開催だったが、アフガニスタンが二度とテロの温床になってはならないこと、そして、女性、子ども、少数民族の人権が尊重されることをタリバンに求めた。良かったのは、G7のリーダーたちが「アフガニスタンの全ての関係者に対し、女性や少数派の参加を含む包摂的で国民を代表する政府を樹立するために、誠意をもって取り組む」ことを明確に求めたことだ。さらにタリバンなど「アフガニスタンの関係者を言葉ではなく行動によって評価していく」こと、そして、「いかなる将来の政府の正統性も、安定したアフガニスタンを確保するため国際的な義務やコミットメントを遵守するためタリバンがとるアプローチにかかっている」と明確にした。
タリバンが再び国際テロの温床とならないか、また包摂的な国造りが進むか、心もとない。国際社会は、タリバン政権の正統性を認めることを最大のテコとして、タリバンの言葉ではなく行動によって見極めていく必要がある。そのためには国際社会の側が、自由で開かれた多国間主義に基づいてタリバンに向き合うことが不可欠だ。権威主義的で偏狭な多国間主義では、タリバンに約束を守るよう迫ることはできない。
自由で開かれた多国間主義を推進していくうえでは、これから深刻になる難民流出と人道危機への対処も重要である。この分野で日本が果たしてきた役割は大きい。日本政府は、緒方貞子氏を中心にアフガニスタン復興支援国際会議を主催し、平和構築と人道支援を積極的に支援してきた。中村哲氏は草の根の人々ともに、紛争で荒れた農地に水を引き、緑と希望を取り戻した。
国際社会が支援を続けた過去20年間で、アフガニスタンの人々の生活は大幅に改善した。平均寿命は55.8歳から64.8歳に、9歳も延びた。2001年当時に60万人だった就学児童は300万人にまで増えた。ほとんど就学できなかった女子も全体の4割を占めるまでになった。一人当たりの国民総所得は2倍以上になった。病院の数も格段に増えた。女性の地位と役割も格段に向上した。国会議員のうち女性が占める割合は27%であり、これは日本の14%を上回った。各省の大臣、副大臣クラスでも多くの女性が活躍した。
それでも内戦が続く中、貧困の撲滅は難しかった。国民の半数はいまだに貧困状態に陥ったままである。外国人や海外経験者も多いカブールを一歩離れると、美しい山々、そして草原に住む人々がいる。保守的な地域では、なかなか女性の虐待がなくならなかった。
タリバンが、この20年間の歩みを無にするようなことがないよう、国際社会は必要であれば圧力もかけていく必要がある。タリバンは美辞麗句の並ぶ対外発信を続けている。しかしそのタリバンは、心理戦と標的型テロによって政府軍を駆逐したことを忘れてはならない。
対アフガン外交で大切な二つ目は、タリバンが国際社会との約束を守るかどうか見極め、守られない場合は経済制裁などエコノミック・ステイトクラフトを活用することである。米軍は撤退したが、非軍事の圧力はいまだに有効である。アメリカは金融制裁を実質的に強化しつつある。アメリカは、アフガニスタンの中央銀行が保有する約95億ドルの資産を凍結し、大部分が預けられているニューヨーク連邦準備銀行等からアフガニスタン本国への送金を停止した。
タリバンという巨象がどこに向かおうとしているか、いまだ不透明である。国際社会は、まずはその姿をしっかり直視し、向き合っていくべきだ。1996年にタリバンがカブールを制圧し、女性への人権抑圧が続いても、国際社会はさして関心を払わなかった。そして5年後、9.11が起きた。90年代の教訓を踏まえ、「群盲象を評す」ことでアフガニスタンという巨象に振り回される失敗を繰り返してはならない。
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員
写真:AP/アフロ
【参考文献】
川端清隆『アフガニスタン』みすず書房、2002年。
川端清隆「タリバンの「勝利」がもたらすものは~米軍撤退に揺れるアフガニスタン2」『論座』、2021年8月21日付。
登利谷正人「アフガニスタン 米タリバン和平も平和の展望見えず」『外交』Vol. 60(2020年3月)
山本忠通「アフガニスタン紛争−和平と国連および日本」『中東研究』539号(2020年度 Vol. II)
山本忠通「論理的、洗練された一面も タリバンを熟知する日本人が見るアフガニスタンのこれから」朝日新聞GLOBE+、2021年8月19日付。
Benjamin Jensen, 『How the Taliban did it: Inside the ‘operational art’ of its military victory』, Atlantic Council, 15 August 2021.
Sami Sadat, 『I Commanded Afghan Troops This Year. We Were Betrayed.』, New York Times, 25 August 2021.
UNDP Statement on Afghanistan (20 Aug 2021)
William J. Burns, The Back Channel, Random House, 2020.
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