中国作業船が台湾離島で吸い上げたもの【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
馬祖列島は、金門島と同様に台湾よりも中国の近くに位置し、国共内戦時の最前線にあたる。1956年より軍政が敷かれ、一般観光客の立ち入りが厳しく制限されてきた。金門島では、1979年まで中国との間で砲撃合戦が続けられた。金門島の名産品に刃物があるが、これは、撃ち込まれた中国砲弾の欠片が原料となっている。
1979年にトウ ショウヘイが主導した「台湾同胞に告げる書」において、中国は台湾政策の原則を武力解放から平和統一に転換し、金門島及び馬祖列島における緊張も次第に緩和した。これに伴い、台湾当局は1987年に戒厳令を解除し、中国本土への観光及び親族訪問も解禁された。2001年には、金門島と中国厦門間で客船が運航され、後に馬祖列島と中国福州市との間でも定期船の運航が開始された。これらの交流は、「小三通」(限られた範囲における、通商、通航及び通信の実施)と呼称された。2008年に馬英九政権が成立し、「小三通」の範囲が拡大、「三通」と呼ばれるようになってきた。
「小三通」政策のため、金門島を訪れる観光客は増加し、2011年以降中国大陸からの旅客は30~40万人で推移している。現在中国本土で勤務している台湾人の総数も100万人を超えるとみられている。中国が経済的に潤うにつれ、金門島住民は大陸に傾斜するようになり、経済を中心として更なる関係強化を願う声が増えていった。
この潮目が変わったのが、台湾学生による2014年の「ひまわり運動」である。これは、台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の批准に反対するものであった。中国に経済的に取り込まれることを危惧する学生による立法院占拠やデモな拡大を受けて、馬英九国民党政権への支持が低下し、2016年に蔡英文民進党政権が誕生する引き金となった。
2019年1月に習近平主席は「台湾同胞に告げる書」の40周年を記念した演説を行った。その中では、台湾の平和統一を協調するとともに、武力の使用は放棄しないが、それはあくまで外部勢力の干渉と、きわめて少数の「台湾独立」勢力及びその活動に向けられるもので、台湾同胞を対象とするものではないとした。さらに経済、貿易、インフラ、エネルギー資源等あらゆる分野で共通化を進め、金門、馬祖と福建省沿岸地区の水道、電力、ガス、橋梁の接続を実現すべきと述べている。
主敵を外国干渉勢力と台湾内部の独立派とすることで、台湾への懐柔を進めるとともに、金門島及び馬祖列島を中国本土の経済圏に取り込み、経済的恩恵を与えることで、台湾の中国への依存度を高めていこうとしているのであろう。
一方で、2020年3月には、金門島と中国本土の海峡において、台湾巡視船に対し、所属不明の高速ボートが幾度となく衝突する事件が生起している。さらには、台湾周辺における軍事活動を活発化させる等、各レベルの圧力を強化しつつある。1月28日に行われた国防省定例記者会見において国防省報道官は「台湾の離脱は戦争を意味する」と強い言葉で米国を牽制する言葉を述べている。中国の台湾に対する姿勢はその時の政治情勢に大きく左右される。最近の中国の動きは、圧力路線に大きく舵を切ったものであろう。
金門島及び馬祖列島は、ある意味、台湾と中国の緊張緩和を示すシンボルともいえる。中国作業船が馬祖列島で吸い上げたものは、海砂だけではなく、台湾の中国への親近感と言えるであろう。
米国の「自由で開かれたインド太平洋戦略」はトランプ政権が示したものであり、バイデン新政権がどの程度継承するかは不透明である。しかしながら、中国軍用機の台湾防空識別圏侵入を強く批判していることから、その政策を大きく変える可能性は低い。一方、習近平政権にとって、台湾問題は一歩も引けない事態であることは間違いない。台湾を巡る米中対立が軍事的局面を迎える可能性は高まってきた。
2016年に制定された日本の安全保障法制では、従来の日本が攻撃された事態に加え、我が国と密接な関係にある他国への攻撃であっても、我が国の存立が脅かされる事態を「存立危機事態」として防衛出動の対象とした。台湾を巡って米中が衝突した場合、これを「存立危機事態」と認定しなければ日米同盟は危機に瀕する。日本が今まであいまいにしてきた事態に明確な態度をとることを迫られる時期が近づいている。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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