インドの戦略的判断を評価する「クアッド」の有効性【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
それに加えて2020年10月27日には、「地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定(Basic Exchange and Cooperation Agreement for Geo-Spatial Cooperation: BECA)」が締結された。これは、米国防総省の国家地理空間情報局とインド国防省との間で、地図はもとより、地球物理学、測地学、地磁気、重力などのデータや航海図、航路図などの重要な軍事情報の交換を可能にするものである。この協定によって、インドは米国が提供する地理や航行データへの幅広いアクセス権を獲得し、ミサイルや兵器搭載ドローンの目標設定の精度向上などが期待されている。
また、インドと米国は、2012年に「国防技術・貿易イニシアティブ(Defence Technology and Trade Initiative: DTTI)」を締結し、防衛産業基盤も含めた防衛技術に関する協力も強化している。この中では、短期、中期、長期に区分されたいくつかの共同プロジェクトが設定されており、米陸軍が開発に取り組んできたロケット弾や砲弾の迎撃能力を含む、CURAM(Counter-UAS, Rocket, Artillery and Mortar)システムなどが長期的プロジェクトに、海上ドメインの状況把握ソリューションなどが中期的プロジェクトに、空中発射式小型無人機システムや小火器技術などが短期的プロジェクトに含まれている。
米国も、2017年度の国防授権法ではインドを国防の主要なパートナーと位置づけ、2018年にはDTTIの下で進められているプロジェクトを加速するために、国防総省内に初めてとなるIndia Rapid Reaction Cellを設立し、インドとのハイテク軍事機器の共同開発と共同生産のプロセスを強化した。さらに、原子力供給グループ(Nuclear Supplier Group: NSG)のメンバーではないにも関わらず、インドを戦略的貿易認可においてSTA-1のステータスに区分し、宇宙や防衛関連のハイテク装備品の輸出を可能にした。アジアにおけるSTA-1ステータスは日本、韓国に次ぐ3番目であり、明確な同盟関係を持たず、NSGメンバーではないこともあって異例の扱いとみなされた。
米国がインドとの安全保障協力を重視する姿勢を示す一方で、インドは決してアメリカのみに傾斜してきたわけではない。1971年には、当時のソ連と「インド・ソ連友好協力条約」を締結し、事実上の同盟関係にあったとも評価されている。ソ連の承継国であるロシアとは、2000年に「戦略的パートナーシップ」の関係を構築し、現在でも安全保障上の強い協力関係を維持している。インドにおける最大で包括的な政府間メカニズムの1つである、「軍事技術協力に係る印露政府間委員会(Indo-Russia Inter Governmental Commission on Military Technical Cooperation: IRIGC-MTC)」を通じて、両国防相の年次会合や共同訓練演習などを管理するともに、国防に関する先進技術について共同で研究、開発、生産を行っている。インド国防省が発表した2018-19年の年次報告書でも、インドとロシアの国防に関する協力関係は長期間にわたり幅広いものだと明記されている。
同報告書では、中国との二国間関係を発展させるためには、国境地帯の平和と静穏が必要不可欠との認識が示されているが、最近の武力衝突等の状況からインドにとって中国への対応が急務であることが想像される。伝統的に非同盟、全方位外交を指向するインドではあるが、かかる状況をふまえた上での必要性から、日米豪の枠組みに接近しているとみることもできる。そうだとすれば、中国への対応においてはロシアよりも日米豪との協力が有効だとインドが判断したことになる。「クアッド(Quad)」と呼ばれる日米豪印4か国の協力は、その有効性に疑問が提示されることもあるが、今後のクアッドの活動でインドの戦略的判断を評価することになるだろう。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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