静かなる侵略「オーストラリアにおける中国の影響力」【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
ハミルトン氏は、北京オリンピックが開催された2008年に、聖火が到着したキャンベラに何万人もの中国系学生が集結し、地元オーストラリア人に暴行を加えるシーン(同年、長野市に中国人留学生が集結し、集団で暴行を振るった事件と符合する)を目の当たりにし、中国勢力の浸透に不審感を抱いたのが中国研究のきっかけであったとしている。ハミルトン氏はその著書の第1章で「中国共産党は、オーストラリアの最も重要な機関に潜入し、影響力を行使し、オーストラリアをコントロールするための組織的なキャンペーンに従事している」と断じ、「究極の目的は、オーストラリアと米国との同盟を破棄させ、オーストラリアを貢物国家にすること」だと主張した。さらに、このキャンペーンの結末は、「オーストラリアとニュージーランドは米国の同盟国の中の『最弱の鎖』と見て、米国から分離させ、米国の力をそぎ落とし、中国の世界を築き上げること」とも分析している。
次の章では、ダーク・マネーについて「オーストラリアの政治全体に広がる影響力の網」という表現で、違法な政治献金や汚職の蔓延で影響力の拡大を図った事例が紹介されている。特に「サム・ダスティアリ事件は、オーストラリアの民主主義の根幹にある腐敗を露呈した」と嘆いている(「サム・ダスティアリ事件」とは、労働党上院の有力議員だったサム・ダスティアリ氏が在豪中国人の実業家から巨額の政治献金を受領し、中国に有利な政治活動を行っていたが事が発覚し、議員辞職したスキャンダルである)。また、中盤の章では、20万人の中国人留学生と140万人の中国系オーストラリア人によるスパイ活動や知的財産権の窃盗に警鐘を鳴らしている。さらに、後半の章では「オーストラリアの大学における機密性の高い先端技術の漏洩の現状」を指摘している。そして最終章でハミルトン氏は、「オーストラリアの中国研究の専門家の中には、もう中国の影響力の拡大を阻止するのは手遅れだと考えている者もいる。しかし、あらゆる民族的背景を持つオーストラリア人が、その危険性を理解すれば、全体主義から自由を守ることができる」との主張で締め括っている。
オーストラリアのモリソン首相が中国に対し、新型コロナウイルスの発生源に関する独自調査を求めたのに対し、中国は農産物の輸入規制や追加関税で報復中だ。中国への農産物輸出規制等はオーストラリア経済にとって大きな痛手となるが、この毅然とした態度もあり首相支持率は60%を超えている。7月27日、マイク・ポンペオ米国務長官がカリフォルニア州のニクソン大統領記念図書館で「共産主義と中国の自由世界の未来」と題して行われた演説及びその後の米国の中国に対する自国保護の各種措置は、まさにハミルトン氏の指摘していた警鐘に重ね合わせることができる。ハミルトン氏が警告を発し、政治スキャンダルが暴かれ、世論を喚起し、首相も毅然たる態度で中国に接することにより、オーストラリアは危ういところで中国の静かなる侵略から踏みとどまったと見ることができるかもしれない。
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