イージス・アショアの導入中止ネットにあたって考えるアセスメント手法の活用(元統合幕僚長の岩崎氏)
河野大臣によれば、この一大プロジェクトの停止理由が、「発射されたブースターを山口県の演習場内に落下させることが出来ない可能性がある。もし演習場内に落下させようとすれば、プログラムソフト並びにハードの改修が必要であり、更に10年ほどの期間と経費が嵩む」とのことであった。これまでの説明では、このイージス・ショアの運用開始は2025年との事であったが、更に10年遅れ、経費は更に約2,000億増となるため、今回の結論に至ったとの事である。
この停止判断に対し、安全保障や軍事の専門家からは、「イージス・アショアから迎撃ミサイルが発射される事態は、既に有事であり、演習場外に落ちる事は容認すべきでないか」、「事前に発射が予測される場合には、その周辺住民の方々に避難して貰えば良い」、「ミサイル発射器を海岸近くや離島等に配置すればブースターは海上に落下し、地域住民には迷惑が掛からないのでないか」等々の意見が出されている。
また、このイージス・アショアの停止を受けて、各所でいろいろな議論が巻き上がっているが、私は、最近の「イージス・アショアの中断」=「敵基地攻撃能力の保有」の様な議論に大いなる違和感を感ずる。どこかで行き詰るような限定的・かつ短絡的な議論に終始するのでなく、冷静に、じっくりと我が国の防衛構想から見直す時期なのでないかと私は考えている。2018年末の「防衛計画の大綱(以下「大綱」)」の見直しの際、私は、所謂、政府の有識者懇談会の一員だった。何回か「大綱」とともに「国家安全保障戦略(以下「戦略」)」も見直すべきと主張したものの、なかなか理解されることはなかった。ただし、足もとではイージス・アショア導入中止、新型コロナウイルスや(それに伴う)最近の中国の強硬な現状変更の振る舞い等々の事もあり、俄かに「戦略」見直しの必要性が叫ばれている。我が国は、この機会に是非、「戦略」見直しを進めるべきであろう。
現在の「戦略」は2013年末に前「大綱」と合わせて閣議決定された、我が国として初めて成文化した「戦略」である。この「戦略」は2012年から2013年当時の世界情勢や我が国を取り巻く環境等を勘案し、策定されたものである。しかしその後、我が国を取り巻く環境も、我が国の国内事情も大きく変化してきている。
2012年頃から、中国の海洋進出が急激に多くなり、南シナ海では2014年から2015年にかけて、それまでは東南アジアの数ヶ国が領有権を主張している環礁や満潮時には見えなくなる様な小さな岩礁等を埋め立て始め、立派な島を作り始めた。そして予想通りに滑走路、駐機場、居住施設等を建設し、最近では防空レーダーまで配備している。東シナ海、特に尖閣諸島周辺では中国の公船(海警局所属)が頻繁に遊弋し、領海侵犯を常続的に繰り返している。また、今年に於いては、コロナ対応で各国が大変な時期に新鋭駆逐艦を含む4隻をハワイ諸島周辺まで派遣させ、帰投時、グアム島周辺で警戒監視に当てっていた米海軍P-8にレーザーを照射している。極めて危険な行為である。また、ベトナム沖では海警局の公船がベトナム漁船に体当たりして沈め、尖閣列島付近では日本漁船を数回追い掛け回すなど、自由勝手な行動を取っている。そして、最近では南シナ海に新たな行政区を発令し、南シナ海に恰も中国の領有権が及んでいるかのごとく振る舞っている。
我が国の国内事情を見れば、2015年に「日米防衛協力指針(ガイドライン)」が見直され、日米のRMC(役割・任務・能力)の見直しが行われるとともに「平和安全法制」が制定された。これにより我が国は平時における米軍等の武器等の防護、重要影響事態及び国際平和協同対処事態における他国軍隊等への支援活動、そして「新三要件」を満たす場合の限定的集団的自衛権の行使に至るまで、あらゆる事態へ切れ目のない対応が可能となった。これまでの自衛隊の任務からすれば、極めて大きな変化である。
この当時からしてみても、我が国が置かれている戦略環境が様変わりしていることから、先ずは、我が国の安全保障の根幹である「戦略」から見直すべきである。そして、この「新戦略」の下で新たな防衛構想を議論し、その中で今後の「経空脅威」に如何に対応すべきかを考えるべきである。この際の「経空脅威」とは、空を経て飛来するあらゆる脅威であり、最近の進歩が著しい弾道弾のみならず、超低高度かつ長射程の巡航ミサイル、最新の第五世代戦闘機、対地・対艦ミサイル等々の脅威を指し、総合的な防衛体制を作る必要がある。所謂IAMD(総合防空・ミサイル防衛)体制の構築である。当然この中には、これまでのイージス艦やペトリオットミサイル等、飛来するミサイル等を撃墜する手段から防御的攻撃力も含め議論する必要がある。この際、これまでの各種方針や政策等に捉われず、白紙的な議論を行い、今後の時代に相応しい新防衛体制の構築を目指すべきである。
因みに、私は弾道弾への対応について、イージス・システムが今後とも有効な手段だと考えている。イージス・システムとは、海上自衛隊が保有しているイージス艦であり、今回、導入を見送ったイージス・アショアである。イージス艦は海上における防空能力を見込んで導入されたこともあり、弾道弾対応のみに専念させる訳にいかない。また、相手方の対応を複雑化させるには、THAADシステムもかなり有効と考えている。韓国にこのシステムを配置する際の中国の反応は尋常ではなかった。一方、我が国がイージス・アショアの導入を決めた時には、中国はさほど反応を示さなかった。その時々の二国間関係(中韓/日中)も影響していることで単純な比較こそでき難いものの、物事を考える際の一つの指標になると考えている。このTHAADのフット・プリント(対応領域)はイージス・システムよりやや狭いものの、航空自衛隊(空自)のペトリオット部隊と同じく、移動させることが出来る(どこにでも展開可能である)。これは相手からすればかなり厄介な事である。なお、空自は、これまで戦闘機三機種体制を維持してきている。どんなに素晴らしい性能の戦闘機でも不具合が発生する事があり得る。また、予算等の制限から、一挙に多数機導入できない。一機種で100機程度の導入でも十数年の年月が必要である。最近の科学技術の進化の速度を考えれば、十数年で既に陳腐化が始まる等々を考慮すれば、この三機種体制は妥当な考え方だと思っている。この様な観点からも、THAADの導入も検討すべきと考えている。
また、ミサイルに対してミサイルで応ずる事は、限界が見えている。ここ数年の北朝鮮の弾道弾発射を見れば、恰も飽和攻撃や同時異方向攻撃を示唆しているかのごとくである。この様な攻撃への対応は大きな困難が伴う。その為にも、現在研究中のレールガンやレーザー兵器等の研究を加速させ早期に実現すべきと考えている。
そして、更に、私は、昭和31(1956)年の鳩山一郎総理の国会答弁である「座して死を待つ事は、我が国の憲法の趣旨でない」等から、我が国防衛の為に他に手段がない場合には、相手基地の弾道弾を無効にする手段・能力も持つべきと考える。
とは言っても、防衛費が無尽蔵にある訳ではない。限られた防衛費で最も有効で効率の良い手段を保有すべきである。米国には、この様な費用対効果を検証する機関が存在する。ネット・アセスメント局である。初代アンディー・マーシャル氏は40年以上も局長をされていた。現在は二代目のジム・ベーカー氏が引き継ぎ活躍されている。我が国も「大綱」策定時、同様の観点からの検討こそ行われているものの、まだまだ米国の域まで達していない。今後は是非、我が国でもこの手法を導入し、最も効果的な防衛体制を構築すべきである。
最後に、我が国は2013年、成文化された「国家安全保障戦略」を初めて策定した。従前、我が国には戦略体系なるものは無かった。一応、これまでは、この戦略に相当するのが「大綱」であり、現在は「戦略」⇒「大綱」⇒「中期防」の体系で防衛力整備を行っている。「大綱」は昭和51(1976)年、所謂デタントを背景に初めて策定され、その後、平成7(1995)年、平成16(2004)年、平成22(2010)年、平成25(2013)年、そして平成30(2018)年と見直されてきているが、私は既にその役割を終えたと考えており、今後は新戦略体系にすべきと考えている。「国家安全保障戦略」⇒「国家防衛戦略」⇒(「国家軍事戦略」⇒)「統合運用戦略」の戦略体系を作り上げ、これらの戦略を受けて、各自衛隊が統合運用に供する体制構築すべきと考えているが、如何であろうか。我々を取り巻く環境は、刻一刻変化している。環境の変化に追随できない組織はやがて朽ち果てる。我々には、伝統を守る事も必要であるが、環境適応能力もより重要になって来ている。(令和2.7.28)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
写真:picture alliance/アフロ
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