戦間期ポーランドから見る地政学的な定石【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
■インテルマリウム/ミェンズィモジェ(海洋間)構想
ここで言う海洋間は、バルト海から黒海までを指す。この構想では、この海洋間を跨ぐ、なるべく1つの連合体を作り、これでドイツやロシア(ソ連)に対抗する軸とするという構想である。
海洋間の連合体が想定する領域はもともとポーランド・リトアニア共和国という、ポーランドにとっての黄金期における領土を概ねカバーしている。ロシア帝国がポーランドのほとんどを支配下においていたときに、ロシアの外務大臣を務めたことがあるチャルトリスキが19世紀半ばにおいて、ポーランドの再独立のためにその時代にあわせたポーランド・リトアニアを再興しようとしたことがインテルマリウム構想の元祖とも言える。
ポーランドが再独立を果たした後、ユゼフ・ピウスツキ(ポーランドの初代国家元首、元帥など非常に重要な立ち位置にあった)は上記の大連合を構築しようと努力する。しかし、リトアニア自身がポーランドの支配下になる可能性を危惧、ウクライナも同様に思い、ベラルーシあたりの地域ではそもそも独立国を作ろうとする運動が弱かった。また、ポーランドは自らの国境画定のための紛争を数回周辺国と起こしたことも、ポーランドを軸とした連合体の実現可能性を低めた。ポーランド内からも「ポーランド民族」のみの国家を望む勢力から反対に会った。ピウスツキが途中から事実上の独裁者になったことで、「民主主義的な価値観」に基づくはずだった連合体に対する懸念がさらに増した。
「独立したウクライナなくして独立したポーランドはない」という考えが、この戦略では重要な位置を占める。これは、同盟を結んでいると共に、重要な緩衝地帯としての独立国が必要であることを示している。しかし、他方では国家の本能をそのまま遂行するかのように、なるべく自らの国境をより東におきたいという意味でもある。そこにいる民族ポーランド人を併合するために、友好関係にあることが重要であるウクライナに対しても紛争を起こしてしまってもいる。民族統一と「真の独立」を志す感情が、長期戦略の合理性を上回ってしまったと見ていいかもしれない。
1920年から1921年の間でおきたポーランド・ソ連戦争において、ポーランドが事実上勝利したのにも関わらず、同盟していたウクライナがソ連に飲み込まれたことによって、連合体構想が事実上瓦解した。これの代わりに、バルトからバルカンまで、よってチェコスロバキア、ハンガリー、北欧諸国、バルト三国、イタリア、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラヴィア、ギリシアまでを一つの大同盟にする戦略が考えられた。しかし、チェコスロバキアやリトアニアと国境紛争を起こしたことでポーランドが信用されてないこと、構成の候補国間の関係が必ずしも良好ではなかったことから、各国の都合に合わせた個別の小さい同盟が作られるのみにとどまった。この中で、ポーランドはルーマニアと同盟を結び、ピウスツキが1935年に死去した後に、これを拡大してポーランド、ハンガリー、ルーマニアを軸とした「第三の欧州」という構想も練られたが、これは進まなかった。
ポーランドがドイツとソ連に侵攻され、亡命政府が立てられると、それまでの同盟構想があった国々の亡命政府との交流、中東欧における連合体を作ることに関する話し合いが進められた。亡命政府の存在で、とりあえずポーランドの生存に向けての今までの基礎戦略が受け継がれたことになる。
ソ連崩壊後に伴って、ワルシャワ条約機構がなくなった。これにより、上記に述べた構想の候補国が徐々にNATOや欧州連合に加盟すること、いわゆるヴィシュグラード・グループなどを作り、大同盟によって大国に対抗するという構想が現代になって事実上達成されたともみられる。
■プロメテウス主義
プロメテウス主義は、インテルマリウム構想と並行して行われた戦略的構想である。プロメテウスと名付けたのは、ゼウス(大国)の意思に反して人類に火(民族自決、自由)を授けたという神話からとったもので、特にロシア帝国及びその後継国家であるソ連に対して、内部の民族主義を刺激することで弱体化することを目的とした。
プロメテウス主義の歴史としては、ピウスツキが日露戦争中の1904年、日本政府に対して、ロシア内の少数民族らを支援することが日本の戦争遂行を助けるとともに、各国の自由をもたらすため、それを支援すべきというメッセージを送ったことがはじめとみられる。
実際に第一次世界大戦後にポーランドが独立した後、ポーランドが旧ロシア帝国内の民族自決に向けて積極的な支援を行おうとした。しかし、ロシア帝国をこれ以上弱体化したくなかった西洋諸国と、ロシアの反共白軍の抵抗にあったため、ロシア内戦の混乱中に独立した国は長続きしなかった。別途、ドイツ主導による「ウクライナ国」の建国もあったが、第一次世界大戦でのドイツ敗北によってこれも消滅した。
ポーランドのプロメテウス主義は第一次世界大戦直後において、バルト三国やフィンランドの独立を早い段階での承認をし始め、ウクライナ、ジョージア、アゼルバイジャン、各コサック自治体、コーカサス地域の民族自決を目指す集団に対する支援も行った。特に重要なのが(途中、国境をめぐる紛争もあったが)ウクライナ人民共和国に対する支援である。プロメテウス主義の一環として、クリミア半島をポーランドの保護国にすることが国際連盟でも提案された。
前述のポーランド・ソ連戦争でウクライナの独立がなくなってからは、ウクライナや黒海沿岸国の「正統」政府の亡命を推進させることなどを行い、この時期から積極的に外務省と参謀本部にプロメテウス主義を担う人員が固まり始めた。しかし、ピウスツキが1923年から1926年まで一時期、権力の座から降りた際、スターリンがソ連内での民族自治体制度で独立の機運を低くすることに成功してきたこともあり、ポーランド政府もプロメテウス主義をスケールバックした。だが、ピウスツキが1926年のクーデターで政権を掌握すると、外務省と参謀本部にプロメテウス主義を推進する部局が正式に設立され、各民族自決を目指す組織に対しての積極的な支援が開始された。
しかし、1932年に締結されたソ連・ポーランド不可侵条約、世界経済情勢悪化による予算の低下、ピウスツキ含むプロメテウス主義を推進していた重要人物らの相次ぐ死、そしてナチスドイツの影響下にある民族主義団体の設立や別チャンネルからの支援によるポーランド影響力の低下もあり、全般的にプロメテウス主義の推進が困難となった。中東欧における各民族自決のプロセスにポーランドが中心的な役割を果たせなくなったことはポーランドの影響力低下を招き、最終的にポーランドがその独立を失った理由の一つであると、プロメテウス主義推進に携わっていた情報将校は分析する。
■戦間期ポーランドの戦略はどこでも見られる?
このように、自国の影響力やその主権を守るためには、大同盟のようなものを作ることによって一国だけで対処が難しい国に対抗するというやり方が一つ。そして、できるのなら相手国の内部の不安要因を煽ることによって、良ければ緩衝地帯にする、一番悪くても相手国を弱体化させて自国への脅威を減らすという動き。この二つは様々な強度で世界の国々が行っていると考えられるため、ポーランドという非常に難しい立場にあった国が取らざる得ない積極的な行動という前提に立てば、全般的に国家の本能的な行動パターンがある程度見えてくると考えられる。
地経学アナリスト 宮城宏豪
幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。
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