新型コロナウイルスが国際社会に与える新たな課題
感染が拡大し始めた当初は、未知のウイルスへの対応策も手探り状態であり、衛生面の体制整備に遅れがみられる発展途上国での感染爆発が懸念されていた。クロアチアやインドでは、新型コロナウイルスの感染拡大と地震やサイクロンの自然災害とが同時に発生し、より困難な状況に直面したが、現在の感染状況からは感染爆発などが発生していないと判断できる。
むしろ、新型コロナウイルスの影響は発展途上国でなく、先進国に強く出ている。ランセット(The Lancet)が発表した分析では、世界で報告されている新型コロナウイルスによる死亡者数の90%は裕福な国家に発生しており、これに中国、ブラジル、イランを加えるとその比率は96%にも達するという。アルジャジーラも、新型コロナウイルスによる累積感染者数に占める累積死亡者の比率(死亡率)は、欧州の先進国よりも南アジアの国々のほうが低いことを報じている。
実際、WHOが公表しているデータに基づけば、6月8日時点のインド、パキスタン、バングラデシュの死亡率はそれぞれ2.8%、2.0%、1.4%と、世界平均(5.8%)の半分以下であるのに対して、フランス、イタリア、イギリスの死亡率は19.4%、14.4%、14.2%
と、世界平均の3倍程度になっている。医療の受けやすさとその質を評価した指数(Healthcare Access and Quality Index: HAQI)で比較すると、南アジアの3か国の平均は46.5(2015年)であるのに対して、欧州の3か国の平均は87.1(2015年)とほぼ1.9倍であり、医療体制と死亡率の関係が逆転している。
総人口に占める累積感染者数の比率である感染率も、インド、パキスタン、バングラデシュで0.02%、0.05%、0.05%と低いのに対して、フランス、イタリア、イギリスでは0.22%、0.39%、0.43%と1桁違う。南アジア3か国の総人口は17億人以上で、欧州3か国の総人口1.9億人のほぼ10倍であり、地域の広さの違いを考慮したとしても、南アジア3か国における感染の抑制は十分に評価できる状況といえる。
死亡率が低い要因としては、高い平均気温や強い日照からくる紫外線の多さなどが考えられているが、その1つに、南アジア各国における若年層の人口比率の多さが挙げられている。World Bank(世界銀行)のデータに基づけば、全人口に占める29歳以下の人口は、インド、パキスタン、バングラデシュがそれぞれ53.9%、63.7%、55.7%と50%を超えているのに対して、フランス、イタリア、イギリスはそれぞれ35.4%、28.2%、36.1%と30%前後になっている。逆に、60歳以上の人口は、南アジアの3か国が9.6%、6.6%、7.6%と10%以下であるのに対して、欧州の3か国は26.1%、29.0%、23.9%と20%を超えている。
こうしてみると、新型コロナウイルス対策として有効だとされるソーシャル・ディスタンスの確保や、社会機能を一部停止させるロックダウンも、根本的には先進国を想定した対応のように思える。発展途上国では、貧困層になればなるほど居住地の過密さからソーシャル・ディスタンスの確保は難しい。感染対策の基本であるうがい手洗いやマスクの着用も、公共インフラの整備状況や公衆衛生の体制整備の状況を踏まえれば、貧困層であればあるほど実行が難しいということは想像に難くない。国全体の人口の多さに加え、その中に占める貧困層人口の多さは、これらの対策の徹底をより困難にする。公共交通機関の停止によって医療施設への移動に制約を受ける住民が多いのも、テレワークに適さない現業職に従事しているブルーカラーが多いのも発展途上国である。
新型コロナウイルスについては、いまだに多くのことが解明されていない。若年層の人口比率が低い日本でも死亡率は5.3%と低く、それがどの程度有効かは判定しがたい。南アジアにおける、これからの感染状況に大きな変化が生じる可能性も否定できない。さはさりながら、現時点で有効だと判断されている対策も、その徹底が難しい地域で感染が抑え込まれ、死亡率が低い状況を見ると、より一層の研究が必要であることが再確認される。その中には、これまで各国が取り組んできた、ソーシャル・ディスタンス確保やロックダウンによる効果の検証も当然含まれるべきだろう。ランセットが指摘するように、ワクチンが開発された場合、その恩恵を優先的に受けるのは購入が可能な裕福な国になる可能性が高い。新型コロナウイルスは、これまでも国際社会に多くの問題を投げかけてきているが、新たな格差を生じさせないような叡智も求められているのかもしれない。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。
在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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