国民監視は感染拡大の抑制に有効か
Skynetは、2014年に国務院が発表した「社会信用体系建設計画綱要(2014~2020年)」に示された基本的な措置の1つで、中国全土をカバーする情報共有メカニズムである。
South China Morning Postによれば、世界最多といわれるカメラを組み込んだビデオ監視を含むこのシステムは、今日の市民生活では欠かせない携帯端末決済やソーシャルメディアでの写真共有等、日常生活で個人が残す「痕跡」を政府が監視することを可能にするという。実際このシステムは、顔認証システムにより99.9%の精度で市民を数秒で識別することが可能であり、北京で2015年以降に発生した死亡者を伴う犯罪の検挙率を100%にしたと評価されている。さらに、今年の春節に合わせて武漢から移動した約500万人の移動を、政府は把握することができた。
新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるうえで、国民に対する行動制限は有効な手段の1つだが、その効果を高めるために国民に対する監視を開始する国も多い。TOP10VPNの報告では、4月9日の時点でデジタルデータを用いて国民の行動を追跡(デジタル追跡)しているのは23か国、カメラやドローン等による物理的な監視を行っているのが9か国に上る。それぞれの国内のシステムの状況によって具体的な方法はさまざまだが、感染状況を見てみると国民監視が拡大抑制に必ずしも効果があるとは言えないようだ。
デジタル追跡を行っている国では、中国、インド、ロシアが100万人当たりの感染者数を200人以下に抑えているのに対して、イタリア、ドイツ、イスラエルは1,500人を超えている。もっとも、前者3か国がカメラ等による物理的な監視を併用していて、後者3か国がデジタル追跡のみだという違いがあり、これが感染拡大抑制の結果に表れているという理解もできよう。しかし、中国等と同じように物理的な監視を併用しているアメリカやイギリスの100万人当たりの感染者がそれぞれ2,000人以上、1,500人以上であることを見れば、併用すれば効果があるとも言えない。
数字の比較からは、単純に国民監視の手段を増やすことで感染を封じ込められるとは言えないが、実際に多くの国が感染拡大の抑制に成功しつつあるのもまた事実である。それぞれの国家の政治体制や社会生活の特性、国民の特質等、国民監視が行われる土壌に左右される可能性も否定できない。国民の行動統制には一定の有効性を持つ国民監視ではあるが、その一方で厳しい監視社会を到来させる危険性をも有している。収束までの道筋がいまだ見えない新型コロナウイルスとの戦いにはすべての努力を傾注する必要があるものの、その手段の選定には収束後を見据えた長期的なビジョンが必要不可欠である。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)
を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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