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新型量子ドットを開発光子―スピン量子インターフェースで変換効率を3倍に―カナダ国立研究機構との国際共同研究―



図1:(110)面上に作製した二重量子ドット(DQD)と電荷計(CS)の電子顕微鏡写真。


図2:光子―電子スピン量子状態変換の模式図。


図3:(左)(110)面上GaAs 2重量子ドットの2つのドット中の電子数が、ゲート電圧で1つずつ変化する様子を表す電荷状態安定図。

【研究成果のポイント】
◆ 光子(※1)から電子スピン(※2)へ量子情報を変換する量子インターフェース(※3)(ポアンカレインターフェース)の光子―電子変換効率を増大させることが可能な(110)面上のGaAsゲート制御型量子ドット(※4)を世界で初めて実現し、そのスピン物性の一端を解明
◆ 絶対に安全な量子暗号通信(※5)の長距離化や量子情報のネットワーク(※6)化への応用に期待
◆ カナダ国立研究機構(NRC)(※7)との共同研究による成果


● 概要
大阪大学 産業科学研究所の中川智裕さん(研究当時、理学研究科博士後期課程)、藤田高史助教、大岩顕教授(兼 量子情報・量子生命研究センター)と、カナダ国立研究機構 David Guy Austing博士、Louis Gaudreau博士の研究グループは、(110)面上のGaAs量子井戸構造を使い、従来よりも光子量子状態から電子スピン量子状態への変換を効率的に行うことができる量子ドットを新たに開発し、そのスピンの特性を明らかにしました。
半導体量子ドット中の電子スピンは量子コンピュータの量子ビットであり、一方、光子は量子通信の量子ビットです。この量子の間で量子情報を変換できると量子中継(※8)が可能となり、絶対に安全な通信や量子インターネットなど将来の量子情報のインフラとして量子ネットワークの構築に貢献します。その課題の一つが光ファイバー網による量子情報の伝送距離の長距離化です。これには量子テレポーテーションにより情報を伝送する量子中継器が必要です。単一光子の偏光にのせた量子情報を半導体量子ドット中の単一電子スピンへ変換する機能は、この量子中継器へ応用が期待されますが、1万から10万回光子を照射しても1回程度しか量子ドット中の単一電子スピンへ変換されないという低い変換効率が大きな問題でした。
これは将来量子中継における通信速度を律速し、実用化へ向けての大きな課題の一つです。
今回、大岩教授とカナダ国立研究機構(以下、NRC)のAusting博士の研究グループは、従来の(001)面上のGaAs量子ドットではなく、対称性の低い(110)面上のGaAs量子ドットを世界で初めて開発し、電子スピン状態を決定するg因子を測定しました。従来広く用いられている(001)面上のGaAs量子ドットでは、軽い正孔状態を励起することでのみ光子から電子スピンへの量子状態変換が可能でした。しかし、(110)面上のGaAs量子ドットでは、重い正孔からも量子状態変換が可能になるため、理論的には変換効率が3倍高くなることが期待されます。変換効率の増大はわずかですが、量子暗号通信や量子インターネットの構築を可能にする量子中継器の量子インターフェースプラットフォームとして開発が世界的に拡がることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of Applied Physics」に、4月6日(水)7時(日本時間)に公開されました。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/305471/LL_img_305471_1.jpg
図1:(110)面上に作製した二重量子ドット(DQD)と電荷計(CS)の電子顕微鏡写真。

● 研究の背景
GaAsやSiなど半導体中に形成される2次元電子(極薄のシート状に存在する電子)に対して表面ゲート電極によってつくられる横型量子ドット中の電子スピンはその高い電気的制御性から、量子コンピュータの量子ビットの有力候補として注目され活発な研究開発が行われています。半導体は従来、通信素子の主要材料でもあり、量子計算だけでなく量子通信への応用も期待されています。大岩教授のグループは、将来、長距離量子情報通信の基盤技術となる量子中継器に向け、光子の偏光から電子スピンへ量子情報を変換する研究を推進してきました。しかし、量子情報の変換効率は10-4程度(1万回光子を照射して1回成功する程度)と低く、高度な原理実証実験と量子ネットワークへの応用の大きな課題の一つです。
大岩教授とカナダ国立研究機構(以下、NRC)のAusting博士の研究グループは、令和元年から令和3年度まで大阪大学の国際共同研究促進プログラムと、令和3年からNRCのCollaborative Science, Technology and Innovation Program(CSTIP) , Quantum Sensing Programの支援を受け、(110)面上のGaAs/Al0.33Ga0.67As量子井戸構造を使って横型量子ドットを形成することに世界で初めて成功しました。従来は(001)面方位の基板上の量子井戸が用いられることがほとんどでしたが、この量子ドットでは量子インターフェースの基本原理である光子偏光から電子スピンへの量子状態変換は軽い正孔を励起することでのみ可能でした(図2左)。しかし(110)面方位では結晶の対称性が低いことに起因して重い正孔も面内磁場下でスピン分裂を起こし、量子状態変換が可能となります(図2右)。
重い正孔から伝導帯への遷移確率は軽い正孔よりも3倍大きいため、今回開発した(110)面上の量子ドットを用いると、理論的には光子―電子スピン量子インターフェースの効率を3倍改善することが可能となります。また量子インターフェースの設計には、電子のスピン状態を決定するg因子が重要なパラメータですが、私たちは2重量子ドットを実現し(図3左)、その2電子状態のパウリ排他律によるスピン依存ドット間電子トンネルによる電流を解析することでg因子を決定することにも成功しました(図3右)。
期待される変換効率の向上は3倍にとどまっていますが、今後、ナノフォトニック構造の利用など様々な方法を組み合わせて変換効率を大幅に改善する必要があるため、本成果はその一つとして有効な量子ドットを提供すし、量子中継基盤技術開発への貢献が期待されます。


画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/305471/LL_img_305471_2.jpg
図2:光子―電子スピン量子状態変換の模式図。
従来の (001)面上GaAs量子ドット:重い正孔 のスピン状態は磁場下で分裂せず量子状態転写ができない。(110)面上GaAs量子ドット:重い正孔のスピン状態も磁場下で分裂し量子状態転写が可能となる。


画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/305471/LL_img_305471_3.jpg
図3:(左)(110)面上GaAs 2重量子ドットの2つのドット中の電子数が、ゲート電圧で1つずつ変化する様子を表す電荷状態安定図。
カッコの中のMやNは電子数を表す。(右)2電子領域のスピン依存電流の磁場依存性。ゼロ磁場付近では核スピンとの相互作用による電流が観測され、その解析から電子スピンのg因子が0.1であることを明らかにした。


● 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今後、表面プラズモンアンテナや別のナノフォトニック構造と組み合わせて光子から電子スピンへの変換効率をさらに改善することにより、量子中継器の開発が大きく前進し、量子暗号通信の長距離化や量子ネットワークなど量子情報の基盤インフラの開発が加速されます。量子暗号通信は絶対に安全な通信方法を与えると同時に、量子ネットワークには、量子コンピュータや量子センサーなど様々な量子デバイスが接続され、より高度な情報処理と社会活動への応用が期待されます。
半導体スピン量子ビットを用いた量子中継の研究開発を行うのは、世界でも数グループであり、大阪大学とNRCが国際共同研究として本研究を遂行したことは、世界の半導体スピン量子ビットの研究グループにも大きなインパクトを与え、量子中継の研究を活発化すると期待します。


● 特記事項
本研究成果は、2022年4月6日(水)7時(日本時間)に米国科学誌「Journal of Applied Physics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Electron g-factor determined for quantum dot circuit fabricated from (110)-oriented GaAs quantum well”
著者名:Tomohiro Nakagawa, S. Lamoureux, Takafumi Fujita, Julian Ritzmann, Arne Ludwig, Andreas D. Wieck, A. Oiwa, Marek Korkusinski, Andrew Sachrajda, David G. Austing, and Louis Gaudreau

本研究は、大阪大学の国際共同研究促進プログラムとカナダ国立研究機構のCollaborative Science, Technology and Innovation Program (CSTIP) , Quantum Sensing Programの一環として行われました。


● 用語説明
(※1) 光子
光の粒子。素粒子の一つで光量子とも呼ばれる。1個の光子はプランク定数と周波数であらわされるエネルギーを持ち、高速で運動する。量子通信における情報媒体として利用されている。
(※2) 電子スピン
電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用されている。
(※3) 量子インターフェース
光子と他の量子状態との間で量子状態の変換を行う量子力学的なインターフェースのこと。特に光子と電子スピンの間で量子状態の変換を行う量子インターフェースをポアンカレインターフェースと大岩教授のグループが独自に名付け呼んでいる。
(※4) 量子ドット
電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を形成する微細素子。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。
(※5) 量子暗号通信
量子力学の原理を使って秘匿性を高めた暗号通信のこと。量子鍵配送はその代表的な方法の一つ。量子複製禁止定理や量子もつれにより、盗聴されたことを検知して、絶対に安全な通信を可能にする。
(※6) 量子情報のネットワーク
主に光を使って、遠隔地点の量子コンピュータや量子センサーにアクセスや接続を行い、量子情報の送受信を行うネットワークのこと。既存の光ファイバー通信網や衛星中継によって構築される。
(※7) カナダ国立研究機構(NRC)
カナダ国立研究機構(National Research Council Canada: NRC)は、約2300人の研究者を擁するカナダ連邦政府の研究開発機関であり、100年を越えて科学技術領域のイノベーションを推進してきました。先端的な研究開発に自ら挑むだけでなく、国境を超えた様々な協調的枠組みを提供することで、科学技術の高度化を支えています。例えば、NRCの産業研究支援プログラムは、年平均300億円を越える予算を活用してカナダにおける中小企業のイノベーションを推進している他、予算の約10%を使って国際連携活動を支援しています。大阪大学が参加している「Internet of Things: Quantum Sensors Challenge Program」は2021年に設立されたものです。
NRCには現在8種類のChallenge Programがありますが、これらは世界が直面している課題を克服する科学的発見や技術開発を推進する新しい提案を広く求めています。NRCは大阪大学からの提案を採択して資金支援を行い、今回の共同研究が実現しました。
(※8) 量子中継
光ファイバーを用いた量子暗号通信の通信距離を100km以上に延ばすための量子力学的な中継方法。主な方法としては、量子もつれを離れた2地点に送信し、それを繋げていくことで、長距離の量子暗号通信が可能になる。


● 参考URL
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/qse/ (大阪大学 産業科学研究所・大岩研究室)
https://nrc.canada.ca/en (カナダ国立研究機構)


● 発表者のコメント
(大岩顕教授)
半導体スピン量子ビットの研究は、大学や研究機関、世界的半導体企業などで研究されていますが、実験の技術的な難しさから量子インターフェースの研究は、まだほとんど行われていません。その中で、この研究の世界的研究機関である大阪大学 産業科学研究所の大岩グループとカナダNRCのAusting博士のグループが国際共同研究を進めることによって、新型量子ドットを開発することができました。この成果が、半導体スピンを使った量子中継の研究を国際的に活発にすることを期待しています。

(David G. Austing・NRCシニア研究オフィサー)
専門知識、ノウハウ、施設を補完し合うことで、量子ネットワーク技術開発という両グループの共通目標に向けた研究を大幅に加速することができます。そして今後、数十年にわたる量子情ネットワーク技術の発展には、国際協力が欠かせません。


● 問い合わせ先
<内容に関する問い合わせ>
大阪大学 産業科学研究所 教授 大岩 顕(おおいわあきら)
TEL : 06-6879-8405
FAX : 06-6879-8405
E-mail: oiwa@sanken.osaka-u.ac.jp
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