図1:大人が保有する口腔細菌の各月齢における検出率(%)
図2:各月齢における各細菌(※5)を保有する乳幼児の割合(%)
◆大人(乳幼児の両親)が共通して保有する口腔細菌の多くは、乳幼児では生後6か月ごろから検出されるようになり、生後1歳半で約75%の細菌が検出された。
◆歯が生え始める生後6か月ごろから1歳半にかけて多様な菌種を保有する乳幼児が増加した。その菌種の中には口臭や歯周病に関連することが知られている菌も含まれていた。
◆以上の結果から、乳幼児期の早い段階(※1)は大人の口腔細菌叢に近づく重要な時期であることがわかった。
(※1) 生後6か月~1歳半
(※2) 口腔環境に生息する細菌の集団。個人の体質・体調や、食生活・生活習慣の影響を受け、固有の集団を形成すると考えられている。腸や皮膚においては、この細菌の集団としての特徴が、生活習慣や疾患と関連していることが明らかにされつつあり、注目を集めている。
■研究の背景
口腔疾患(お口の病気)であるう蝕(むし歯)と歯周病は、いずれもプラーク(歯垢)などに潜む細菌が原因で起こり、歯の喪失に繋がる疾患です。う蝕や歯周病の予防は、フッ素による歯質強化やプラークの除去、殺菌などの方法により行われています。一方で、近年の研究から、口腔疾患に罹患している人の口腔細菌叢は、健康な人とは異なっていることが明らかにされつつあり、口腔細菌叢を整えることがう蝕や歯周病を予防するうえで重要だと考えられるようになってきました。
そこで、口腔細菌叢を整えるためには、細菌叢が形成される乳幼児期を理解することが重要であると考え、当社オーラルケア研究所と先進解析科学研究所、公益財団法人 ライオン歯科衛生研究所は、次世代シークエンサー(※3)による細菌叢解析技術を駆使し、2015年から乳幼児を対象としたコホート研究を開始しました。そのような中、2019年には親子の口腔細菌叢には共有関係が存在し、乳幼児の口腔細菌叢は、共同生活を続ける両親の口腔細菌叢の影響を受けて形成されることを明らかにしました。
本研究では、大人の細菌叢に近づく時期を明らかにすることで、細菌叢形成の観点からお口のケア開始の目安となる時期の明確化を試みました。これまで出生直後のお口に存在する細菌の種類は限られており、その後年月を重ねると菌種が増加し大人の細菌叢に近づくことが知られていますが、その詳細な時期は明らかになっていませんでした。そこで、大人が共通して保有している口腔細菌に着目し、これら細菌の検出率が増加する時期、及び乳幼児期の早い段階(※1)にはどのような種類の菌が検出されるのかを調べました。
(※3) 従来型と異なる遺伝子配列決定の原理を採用したことで、遺伝子配列の決定量が飛躍的に高まった装置。環境中に存在する細菌の遺伝子配列を決定することで、環境中に存在する菌種の把握等に用いられている。
■研究結果
本研究では、2015年6月から2017年1月までに子どもが生まれた家庭のうち、調査参加に同意した55組の両親と子ども(うち男の子27名、女の子28名)を調査対象としました。調査開始時の父親の平均年齢は32.0歳(年齢幅23-45歳)、母親の平均年齢は30.7歳(年齢幅25-40歳)でした。子どもたちからは、生後1週間、1か月、3か月、6か月、9か月、1歳、1歳半、2歳、2歳半、3歳時に計10回唾液を採取し、両親からは、子どもが3歳になった時点で父親、母親それぞれの唾液を採取し、次世代シークエンサーを用いて各サンプルから口腔細菌由来の遺伝子を読み取り、細菌叢の経時変化を解析しました。
1. 口腔細菌叢が大人に近づいていく時期を解明
大人が共通して保有する口腔細菌として、調査に参加した全ての父親、母親それぞれ8割以上から共通して検出される69種の細菌を抽出しました。この69種に関して、各月齢において検出された細菌の割合を調べた結果、生後6か月ごろから検出率が増加し、前歯が生え揃い始めた生後9か月で50%以上、奥歯が生え始めた生後1歳半で約75%の細菌が検出されました(図1)。
すなわち、乳歯が生え揃う前の時点で、大人が共通して保有している口腔細菌の約75%が子どものお口に存在していることがわかりました。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/303155/LL_img_303155_1.png
図1:大人が保有する口腔細菌の各月齢における検出率(%)
2. 乳幼児期の早い段階(※1)にお口から検出される菌種を解明
どのような菌種がいつごろ検出されるようになるのか調査しました。69種の各細菌が検出された乳幼児の割合(保有率)を月齢別に調べた結果、多くの細菌は生後6か月から1歳半にかけて保有率が増加しており、多様な菌種がこの時期に定着していることが示唆されました。その中には、Fusobacterium nucleatum(※4)に分類された細菌も含まれていました(図2)。
(※4) 口臭の原因となる揮発性硫黄化合物を発生させることが知られている菌種。また歯周病に関わる口腔細菌Porphyromonas gingivalis等の定着に関与することが示唆されている菌種。
https://www.atpress.ne.jp/releases/303155/img_303155_2.png
図2:各月齢における各細菌(※5)を保有する乳幼児の割合(%)
(※5) 69種のうち1歳半時点の存在比率1%以上の細菌およびFusobacterium nucleatumに分類された細菌
以上の結果から、大人が共通して保有している口腔細菌の多くは、乳歯が生え始める生後6か月ごろから検出されはじめ、乳歯が生え揃う前の生後1歳半には約75%の細菌がすでに存在しており、この時期に大人の口腔細菌叢に大きく近づくことが明らかとなりました。また、この時期に検出されはじめたFusobacterium nucleatumは、その数や割合が増加することで、口臭の原因となる物質を産生することや、歯周病の発症に関与することが知られています。そのため、これらの菌を増やさないためにも、乳幼児期の早い段階(※1)からオーラルケアを開始し、継続していくことが望ましいと考えます。
当社は、今後も口腔細菌叢に着目し、生活者のライフステージにおける口腔細菌叢の状態と口腔疾患の関係の研究を継続してまいります。
【第63回歯科基礎医学会学術大会(期間:2021年10月9日~11日、場所:オンライン開催)】
〇発表日 : 2021年10月9日(土)
〇演題 : 次世代シークエンサーを用いた出生から生後36か月までの主要な口腔細菌推移の解析
<ライオン株式会社 先進解析科学研究所>
山 和馬、會田 悠人、井口 拓弥、市場 有子、柿澤 恭史
<ライオン株式会社 オーラルケア研究所>
城 隆太郎、奥田 卓馬、堤 康太
<公益財団法人ライオン歯科衛生研究所>
森嶋 清二
〇学会公式HP: https://www.lynx-dent.jp/jaob63/