
秋篠宮妃紀子さまは11日、60歳の誕生日を迎えられ、還暦を迎えるにあたっての感想を述べた文書回答と、秋篠宮さまとともに映したご近影を、宮内庁を通じて公開した。
宮内庁公式サイトにも掲載。紀子さまは秋篠宮邸で、白に薄いベージュのストライプの入ったワンピースをお召しになり、カメラに向かってほほ笑むショットや、今年8月に公式訪問したパラグアイの伝統工芸のレース編み「ニャンドゥティ」を手にする写真、秋篠宮さまと、パラグアイの民芸品に関する本の写真を仲むつまじく見るツーショット写真などが収められた。
また還暦の感想ではまず、令和8年熊本地震や国内各地の豪雨被害、猛暑などの自然災害に言及。その上で「今日という日を迎えられましたことに感謝しながら、今というときを大切にし、これからも学びつつ、つながりを紡いでいくこと、また新たなことにも取り組むことができましたらと思っております」と胸中を告白した。次女佳子さまや長女悠仁さまの活動、結婚して皇籍を離脱した長女小室眞子さんへの思いも寄せた。
▼紀子さまの還暦ご感想(全文2)
<結婚から36年余りをふり返って皇族として印象に残っている出来事>
結婚した頃は、初めてのことばかりで無我夢中ですごしたように思います。皇族として、宮中における諸行事をはじめ、都内や遠出をしての式典への出席、さらに外国を訪れたり、海外からのお客さまをお迎えしたりと緊張の連続でしたが、宮さまがそばにいらしてくださり、いざというときにサポートしていただいたこともあり、心強かったことを覚えております。
結婚当初から、上皇上皇后両陛下には長くお導きをいただいており、天皇皇后両陛下や黒田清子さまには折々にお優しく親しくしていただき、深く感謝申し上げております。そしてこれまで多くの方々に支えられ、励まされてきたことを大変ありがたく思っております。
公的な務めについては、宮さまとご一緒におこなうもの、そして単独でおこなうものがあり、ご一緒に長年携わってきた行事として、例えば、都内ではブループラネット賞や地球環境大賞があり、地方では国民スポーツ大会や障害者スポーツ大会、全国高等学校総合文化祭などがございます。各行事を通してさまざまな活動にふれ、携わる関係者の思いや参加者の声を直接伺うなかで、その催しなどが持つ意義や新たな出会いの大切さを感じました。一つ一つが私にとりまして、学びの機会となりました。
宮さまとご一緒に、自然災害で被害を受けた場所を訪ね、被災された方々にお見舞いの気持ちを伝えることも大切にしてきました。また、戦没者を悼み、花を手向けたり、戦争を経験した方々のお話に耳を傾けたりすることもありました。先の戦争を体験していない世代として、当時のことを学び理解を深める機会をこれからも持ち続けることができましたら、と思っております。
単独で携わってきた公的な務めの中で印象深かったことのひとつは、結核予防会や母子愛育会の総裁として、また、お代替わり後は献血運動の推進の行事に携わる立場として、医療・公衆衛生や母子保健の関係者と協力しながら、さまざまな課題に取り組んできたことです。各地の結核予防婦人会、愛育班と保健師、赤十字奉仕団などの方々が人々のくらしや健康を気遣うお気持ち、活動にかける意気込みや情熱にふれることは、私が仕事に向き合うときの力になりました。
また、11年前の春より、京都の尼門跡寺院である大聖寺の「大聖寺文化・護友会」の名誉総裁を務めるようになりました。歴代の皇女様方が愛用されたお品、皇室ゆかりの宝物を総会の折などに拝見し、年中行事や茶道、香道などのお話をご門跡さまから伺う機会もあります。そうしたご縁を通じ、近年では奈良や京都の尼門跡寺院のご門跡さま方との交流もあり、歴史的建造物や美しいお庭、文化財を守るための専門家にお会いすることも増え、自分の世界が広がっていることをうれしく思っております。
36年前の結婚の儀の折に、京都の衣紋方の皆さまに装束の支度を手伝っていただいたことも印象に残っています。平成から令和へのお代替わりのとき、即位の礼、立皇嗣の礼でも、同じ衣紋方のお世話になりました。以後の宮中祭祀の殿上拝のときには、衣紋や結髪の技を受け継ぐ人たちの助けを得て支度をしています。このような方々のお支えによって祭祀という大切な務めをおこなうことができることをありがたく思います。
結婚後は、一年に詠む和歌のお題が示された「月次御兼題」(つきなみごけんだい)が届くようになり、和歌を詠み、短冊にしたためる詠進が生活の一部となりました。いただいたお題から自分の思いが自然にまとまることもあれば、そうでなく時間がかかるときが今でもあります。そのときどきに感じたことを筆に託し、気持ちを表現していく時間を、生活の中に持ち続けることができればと思っております。
この36年をふり返ると、家族とすごしてきた日々も懐かしく思い出されます。結婚して宮さまと2人で囲んでいた食卓が、翌年に眞子、続いて佳子、そして悠仁の誕生で、3人、4人、5人と増えてにぎやかになりました。
家族で葉山や那須、須崎の御用邸、御料牧場へ伺う機会もありました。現在の上皇上皇后両陛下や天皇皇后両陛下、敬宮さまとご一緒に海岸の散策など自然の中ですごす時間は思い出深いものでした。
家族との生活を送りつつ、さまざまな仕事に携わることには、挑戦も多く、体力も気力も求められることが度々あり、時間に追われていると感じることもありましたが、周囲に助けられ、いろいろと小さな工夫をしながらすごしてきました。子どもたちのお弁当や家族の小物類を作る折に、母が作ってくれた料理やお弁当、洋服などを思い出して参考にしたり、キャンプ好きな父が持参した簡易なテント(一人用)の中で、子どもたちが楽しいひとときをすごしたりと、両親にも支えてもらったことを、懐かしく思い出しています。家族一人ひとりが私の大切な心の支えになり、家族との生活のおかげで、多様な気づきや発見をすることができました。
子どもたちが幼かった頃は、小さな生き物を見つけたり、砂場で遊んだり、かくれんぼをしたりと、よく外遊びをしていました。屋内では、絵本を読んだり、工作をしたり、絵を描いたりしていました。幼稚園の送迎をしながら、子どもと語らう時間に成長を感じることもありました。子どもが小中高と進学し、保護者としての活動の幅が広がり、その時間も重みが増したように思います。家族で一緒に学校の行事に参加したり、保護者の方たちと一緒に小学校の図書室で子どもと本とをつなぐ活動をしたり、高校の校庭で花壇づくりをしたりしたことも、印象に残っています。
海外への訪問の際には、日本から離れる日数が増えると、子どもが留守番をする時間が長くなり、寂しい思いをしているのではと遠い国から心配することもありました。出発前には、留守中の楽しみになればと、訪問国についてのクイズ形式の絵本を作ることもありました。
そして今は子どもたちが成長し、再び宮さまと2人での食事、2人での散策をする機会が増えてきました。2人で美術展を鑑賞したり植物園を見学したりすることも楽しいひとときです。3人の子どもたちがそれぞれ自分らしい生活をおくっていることを頼もしく思い、それぞれの幸せを願いながら、これからの家族との時間も大切にしたいと思います。
