
太平洋戦争末期、沖縄戦に動員された「ひめゆり学徒隊」の悲劇を描いた舞台「ひめゆり」。毎年上演され、沖縄戦から80年となる今年も8月に上演される。脚本・作詞を手がけるミュージカル座のハマナカトオルさん(67)と、2022年、23年と連続で学徒「ゆき」役を演じた現役大学生で、俳優としても活躍する矢吹万奈さん(22)に、作品に込めた思いや、戦争の記憶の継承の意義について話を聞いた。【早稲田大学・竹中百花(キャンパる編集部)】
歌で語り、感じる悲劇
舞台「ひめゆり」は、1996年に本格的な2幕構成のミュージカル作品として制作された。看護要員として動員された学徒隊のうち、半数以上が戦死したという史実を基に、戦争の悲惨さ、軍事教育の恐ろしさ、そして平和の尊さを訴える。
全編41曲の楽曲で構成する同作品は、ポップスとオペラの要素を融合する“ポップ・オペラ”スタイルで、日本ではまだ珍しい形式だった。だがそこには、ただの形式的な挑戦ではなく、戦争を伝える新たな手段を模索したハマナカさんの強い意志があった。
「海外の戦争を扱った舞台を見た帰りに、他のお客さんが、初めて戦争の悲惨さを思い知ったと話していた。当時、日本には戦争を伝える舞台が少なく、それを聞いて更に、日本の戦争を伝える舞台を作らなければと思った」と制作動機を語るハマナカさん。ただ、戦争をテーマにしたストレートな映像作品はすでに多くある。「だからこそ、歌で語り、歌で感じてもらう形式を選んだ」と、新しい試みに挑んだ理由を語った。
出演者が学ぶことを重視
ひめゆり学徒隊をテーマに選んだのは、華々しいミュージカルのイメージとはほど遠い、モンペ姿の登場人物たちの姿が日本人の肌感覚に合うものだと思ったからだという。そしてハマナカさんは、この作品をきっかけに戦争関連の舞台を多く手がけるようになった。
一方で、ハマナカさんはミュージカルとして上演する形を選んでも、事実を伝えるということに重きを置いていた。「脚色はできるだけ避け、事実に即して描いている。米軍の包囲網下に学徒が置き去りにされた現実、米兵全員が必ずしも悪者ではなかったという事実など、全て曖昧にせず描いた。歴史を物語にしすぎず、事実として伝えたいという思いがある」
また、こうした事実を出演者が学ぶことも重視しているとハマナカさんは語る。演じる役者たちはオーディションで決まるため、顔ぶれは毎年変わるが、稽古(けいこ)場には沖縄戦に関連した新聞記事が張られ、資料や文献なども共有される。時には沖縄戦について調べたことを出演者同士で報告し合う「学徒会議」と名付けた会議も行われるという。ハマナカさんは「今を生きる現代の日本人が当時を学ぶことが、出演者としても人としても成長することにつながるのではないか」と話した。
「悲しい」で終わらせたくない
そして、そんな舞台を高校3年生の時に見て感銘を受け、早稲田大学文化構想学部入学後、オーディションに挑んで出演を勝ち取ったのが、矢吹さんだった。矢吹さんは、非業の死を遂げる「ゆき」という学徒を演じる中で、自身の中にある戦争との距離が変わっていったという。
「元々、親戚に被爆者がいたり、所属していた合唱部で戦争が題材の作品を扱ったりしていたので、戦争が自分の近い所にあるものだとは感じていた。でも、実際に演じて、さらにひとごとではないと感じることが増えた」と話す。一度戦争に巻き込まれれば、逃げることもできず、国のために身をささげるしかないという、どうしようもなく苦しい現実を、身をもって痛感したのだそうだ。
そして、矢吹さんもまた演じる側が学ぶことの重要性を語る。東京生まれで東京在住の矢吹さんは、実際に沖縄県のひめゆりの塔や学徒が犠牲となったガマ(洞窟)に足を運んだ。そして「現地をみて、舞台上の演技で拾いきれない部分があると絶望した。また本を読むだけでは、犠牲になった彼女らの気持ちを想像しきれない部分があることを知った」という。「だから彼女たちに顔を向けられる芝居ができるように、知ることや学ぶことに貪欲でいなければならないと思った」
「ゆき」は最後、ガス爆弾によって命を落とす。しかし矢吹さんは、そんな彼女の物語を“可哀そう”の一言で終わらせたくないという。「悲しいね、可哀そうだね、で終わらせてしまうと、どこか遠い世界の話になってしまう。彼女たちは、今の私たちと何も変わらない女の子たちだった」と言い、戦争を自分ごととして捉えてもらえるような演技ができるようになりたいと話した。
22年に舞台未経験の状態で出演して以降、ここで得た学びが今も心に強く刻まれて、役者としての大きな指針になっている。忙しい大学生活と稽古を両立しながら、舞台の上に立ち続ける理由をこの舞台で見つけたのだ。「埋もれていくような人や声をすくい上げる行為そのものが演劇だと思う。そのことを舞台を通じて学んだ。だから私はその一端を担えるような人間になっていたいし、社会性というのは欠かさず意識していきたい」と舞台から得た大きな学びと、将来への意気込みを語ってくれた。
過去から現在を見つめ直す
2025年。沖縄戦から80年の歳月が流れ、戦争を実際に経験した語り部は数少なくなっている。そんな中で演劇はどのような役割を担っているのだろうか。「戦争の記憶が徐々に失われつつある今、ミュージカルの世界でも記憶を引き継いでいかなければならないと思う」とハマナカさんは語る。また、こうして記憶を引き継いでいくことで、現代の戦争の問題を考えるきっかけになれたらいいと話してくれた。
「日本もまた、戦争をしていた国だった。その事実を、空想ではなく現実として受け止めてほしい。今も、ウクライナ、ガザをはじめとして世界のどこかで戦争は続いている。私たちのすぐ隣にある」。ハマナカさんは、過去から現在を見つめ直すことの大切さも演劇を通じて伝えていきたいと話した。
「演劇には、社会の目覚まし時計としての役割がある」とハマナカさんは語る。過去をただ振り返るのではなく、今を生きる私たちの現在地を見つめ直す。その手段として、「ひめゆり」という舞台は、これからも戦争の悲惨さと命の尊さを問いかけ続けるだろう。また、これからも矢吹さんのような、平和の大切さを伝えていこうという強い意志を持った、次なる担い手がこの舞台から生まれることにも期待したい。
舞台「ひめゆり」の29年目の上演は、8月21〜24日、東京・北千住の「シアター1010」で行われる。