
大阪市で開催中の大阪・関西万博で13日から17日まで雪だるまがお目見えする。
使う雪は日本有数の豪雪地帯・新潟県南魚沼市に昨年から今年にかけて降ったもの。
これまで雪は「地域の厄介者」とされてきたが、市は資源として活用し、「稼ぐ雪国」へ転換しようと、一大プロジェクトを進めている。
雪15トンを万博会場へ
新潟県南部の魚沼盆地に位置する南魚沼市。
言わずと知れたコシヒカリの産地だが、冬場は深い雪に悩まされる。
年間の累計降雪量は10メートルを超え、世界でも有数の豪雪地帯だ。昨年12月から3月末ごろまでの約4カ月間の累積降雪量は11・7メートルに達した。
この「雪国」ぶりを国内外にPRしようと、万博の県主催イベント会場では1・5メートルほどの雪だるまと雪の冷房でひんやりとしたテントが来場者を出迎える。
使われる雪約15トンは会場から400キロ以上離れた南魚沼市から2日ほどかけて電車などで運ぶ。
花角英世新潟県知事も参加する13日の完成式では、目は糸魚川のヒスイ、鼻は同県津南町で取れた雪下ニンジン、首元には新潟伝統の綿織物「亀田縞(じま)」のマフラーを巻く新潟ずくめの雪だるまが披露される予定だ。
幻の「雪国魚沼」ナンバー
南魚沼市がここまで雪を資源として活用する「利雪」に力を入れるのは、過去に苦い経験があったからにほかならない。
全国で「ご当地ナンバー(地方版図柄入りナンバープレート)」の導入が進んでいた2017年、同市を含む魚沼圏域でも「雪国魚沼」ナンバーを導入しようと、首長らでつくる実行委員会が発足した。
だが、住民アンケートでは「雪国は暗くマイナスイメージ」「ダサい」といった意見が挙がり、導入が見送られた。
「ならば雪のイメージを変えよう」と市は雪国のプロモーションに乗り出し、20年に開催予定だった東京オリンピックで雪を使ってもらうことを目指した。
19年のプレ大会では熱中症対策として袋に雪を詰めた「スノーパック」を配ったり、雪を冷房に使ったテントを設置したりして、本番でも雪を活用することが決まっていた。だが、新型コロナウイルスの影響で無観客開催となり、涙をのんだ。
ところが、そのアイデアは思わぬ形で生かされることになる。
21年夏、新型コロナのワクチン接種会場は4台のクーラーをフル稼働させても蒸し暑かった。そこで市は五輪のために準備していた約800トンの雪に目を付けた。
「この雪を使って冷やした水を循環させて冷風を作る『雪クーラー』を導入したらどうなるだろうか」。試しにやってみると、接種会場は涼しい空気に包まれた。
住民からも好評で、雪に対する凝り固まったマイナスイメージを「解かす」きっかけにもなった。
雪は「究極のエコ冷房」
こうした状況もあり、市は21年から産官学連携の「雪の勉強会」をスタートさせ、エネルギー資源として活用する方針にかじを切った。
着目したのが「雪室(ゆきむろ)」だ。
米や野菜の貯蔵庫に雪で冷やした空気を循環させたり、雪解け水を使って冷風を送ったりする仕組みで、すでに地元の大手企業を中心に10社ほどが導入していた。
だが、雪を保管しておく倉庫が必要で、導入コストの高さが普及の大きなハードルだった。
そこで市は25年から、民間企業と共同で商品化したアルミ箔(はく)や不織布の断熱マットを重ねた多層膜シートをかぶせて雪を保管する方法を採用。
同規模の雪を貯蔵する倉庫を建設した場合と比べて導入コストは4分の1程度に抑えられた。
市役所駐車場横の屋外に集められた雪山は4月時点で約450トン。
これをシートを使って保存し、5月から一部庁舎の冷房に活用している。
万博会場にも市で保管している雪を運び込む。1951年に統計を取り始めて以降、最も早く梅雨明けが発表され厳しい暑さが続く中、来場者にひとときの涼を届ける。
雪を使った冷房は室外に温風を出さないため、「究極のエコ冷房」と呼ばれる。排雪にかかっていた人件費もカットできる。
課題は雪を溶けにくい形に成形して使うなど一定のランニングコストがかかることなどだという。
今は雪の溶け具合をドローンを使って測量したり、電気使用量を分析したりしながら、最も費用対効果を得やすい形に改良を続けている。うまくいけば、他の公共施設にも導入したいという。
雪を南魚沼のブランドに
6月からは雪室を導入する企業に導入経費の3分の1(最大3000万円)を補助する制度も設けた。
市の担当者は「雪の付加価値を高める民間の取り組みを支えることで、中小企業にも裾野を広げ、雪で地域のブランド力を作っていきたい。雪を『売る』時代が来たら面白い」と意気込む。
「人口減少」という大きな地域課題が差し迫っているのは南魚沼市も例外ではない。
進学や就職で市外に出た若者たちに戻ってきてもらうためにも、地元に誇りを持ってもらう「シビックプライド(郷土への誇り)」の醸成は急務だ。
厄介者から資源へ。
担当者は言う。
「雪の活用は南魚沼に住んでいる者の宿命であり悲願。(産業化できれば)決して雪は不遇のものでも悲観するものでもない。若い人たちに住み続けてもらうには、もっとできることはある」。挑戦はまだ始まったばかりだ。【戸田紗友莉】