
「伝統的酒造り」が2024年にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されて注目を集めた日本酒だが、消費は減り続けている。品目別消費数量ではリキュールとビールが計60%超を占め、日本酒は5%を切っている状況だ。贈答を見越した高級酒で活路を見いだす酒蔵がある中、創業290年の菊美人酒造(福岡県みやま市)は少し違った視点で今年3月にブランドを一新した。
薄い桃色のパッケージの外箱、飲んだ味わいは穏やか――。「夕凪(なぎ)」と名付けた商品の特徴だ。家族など親しい人とゆったりした時間を過ごしてほしいという思いを込めたと説明書に添えてはあるが、そこに「大吟醸」など日本酒によくある表記は無い。
目指したのはもっと気軽に贈れる酒だ。「ぱっと見て『かわいい』『おいしそう』と手に取ったら商品の味わいにもつながっている。そんな分かりやすさを目指した」。仕掛け人で専務の江崎隆一郎さん(30)は力説する。
新型コロナウイルス禍から需要が回復し、同社では原料米を多く削った精米歩合の低い吟醸酒を中心に販売が伸びていた。しかし同じ売り場に並ぶ著名な酒蔵の酒には知名度でかなわない。高級酒で勝負しようにも、規模の大小を問わず、さまざまな酒蔵が精米歩合の低さを競うように既に商品を出していた。
着目したのが総務省の家計調査統計だった。江崎さんが統計を元に推計したところ、自宅や外出先での飲酒が多く、贈答用は意外と少ないことに気が付いた。「日本酒は覚えないといけない用語が多すぎて気軽に選べない」。江崎さんは贈答品として手軽に、かつ幅広く使ってもらうことを念頭に置いた。
花や菓子を手本に
手本にしたのは花や菓子の世界だ。「特にお菓子は贈答用のレベルが高く、パッケージや同梱物も含め、もらって気持ちが上がるような仕掛けが上手い」と江崎さん。「花やお菓子を贈るように、大切な人と酒を楽しんでもらいたい」というコンセプトでブランド刷新を決意した。専門用語は前面に出さず、必要とする人向けに片隅に記載するようにした。
一方で、変えないものもある。菊美人酒造は福岡県柳川市出身の詩人、北原白秋との縁が深い。白秋の実家は酒造業を営み、姉加代は菊美人酒造の6代目の妻だ。白秋による「菊美人」の書を酒のラベルに使っている。そこでラベルの書体はそのままに、各商品は白秋の歌などからのネーミングとデザインにした。「夕凪」も、白秋が故郷の夕暮れを思って詠んだ歌を元にしたものだ。
値付けも日本酒ではなく、ギフトを取り扱うECサイトを見て参考にした。商品はいずれも4合瓶(720ミリリットル)で、手土産として想定する2000円弱から1万円弱の商品まで。元々ある商品をベースにし、従来ラベルの商品は順次切り替えていくという。
ブランド一新のPRを兼ねて24年1月からクラウドファンディングをスタート。目標100万円に対し2月末までに倍以上の約260万円を集めた。4月から本格販売をスタート。江崎さんは「こうした取り組みを通じて日本酒を飲むシーンを増やしていきたい」と話し、今後より手軽な少量ボトルでの展開も検討する。【植田憲尚】