郵便料金が値上がりしたのを機に、企業がオンラインの文書管理にシフトしている。郵送で生じる手間やコストの削減を狙った動きだが、郵便事業にとっては痛手だ。値上げを実施した10月には衆院選があり一時的に郵便物が増えたものの、この先は値上げが“郵便離れ”を加速させる悪循環に陥る可能性もある。
コスト増、1社当たり年108万円
ビジネス用途の郵便物には、ダイレクトメール(DM)や請求書、納品書などがある。とりわけ「コスト」と捉えられがちなのが、請求書や帳票の類いだ。
名刺やインボイス(適格請求書)の管理システムを手がけるSansanが企業の経理担当者1000人を対象に実施した調査によると、郵便料金値上げ前の9月時点で、請求書を主に紙で発行している企業は全体の71%に上った。そのうち72・7%は電子版に切り替える意向で、郵送料や封筒代のコスト、発送準備の手間、配送遅延リスクを課題として挙げた。
一般的な封書に当たる25グラム以下の定形郵便は、26円上がり110円になった。Sansanの別の調査では1社当たり月平均3465件の請求書を紙で発行しており、値上げによるコスト増は1社当たり年約108万円と試算されている。
広がる電子請求書
ビジネス文書の電子化を巡っては、2023年10月に始まったインボイス制度や、24年1月の改正電子帳簿保存法施行に伴う電子取引データ保存の完全義務化を機に需要が増加。ITコンサルティング・調査会社のアイ・ティ・アール(東京都新宿区)によると、23年度の電子請求書受け取りサービスの国内市場規模は前年度比82%増の190億円。24年度も55・7%増加し、成長が続くと見込まれている。
郵便料金の値上げは、こうした流れを加速させそうだ。電子請求書発行システム「楽楽明細」を提供するラクスでは、インボイス制度への対応が一段落した23年11月時点と比べて、今年9月の問い合わせ件数は約2・7倍に伸びたという。
手術用ガウンやマスクなどの医療用製品を開発、販売するホギメディカル(東京都港区)は、値上げ前の8月に「楽楽明細」を導入した。月8000枚の請求書を印刷し、手作業で封入して1000通を郵送していたが、取引先の要望に対応して電子対応に切り替えた。
導入前後で業務担当者は7人から2人に、作業時間は44時間から6時間に減り、郵送費も2割減ったという。担当者は「郵送だと到着時期の地域差が課題で、取引先の求めるスピードや利便性を提供できなかった」と話す。他の帳票類も値上げの影響を受けるため「電子化を検討したい」としている。
郵送続けたくても
郵便離れは市民活動にも波及している。
「メールだと存在感がなくなるが、1通20円の値上げではやっていけない」。東京都内で活動するボランティア団体の広報担当者はそうこぼす。会報誌などを毎年3回ほど、約100通ずつ郵送してきたが、定形外郵便の料金が140円に値上がりしたのを機に、メールに一本化した。
福祉分野では行政機関やさまざまな団体、個人との連携が重要で、会報誌は啓発活動にも役立ってきたという。そのため郵送を続けたいのが本音だが、「高すぎる郵便費に活動費用を奪われるのも、(メールにして)読まれなくなり参加者が減るのも本末転倒。なんとか良い方法を見つけたい」と話した。
値上げによる郵便離れは一時的?
そもそも今回の値上げは、日本郵便の郵便事業が22年度から赤字に転じたことが主因だ。同社の試算では、値上げで25年度は67億円の黒字を確保するものの、郵便物の減少にコスト削減が追いつかず、26年度以降は再び赤字が続くという。
23年12月、日本郵便の値上げについて審議する総務省の有識者会議で示された国内郵便物数の試算によると、値上げをしない場合、24年度は前年度比5・2%減の約129億通。これに対し、値上げした場合は6・6%減の127億通で、減少幅が1・4ポイント大きい。
値上げにより郵便離れが加速する影響を織り込んでいるためで、日本郵便はこの差が25年度には1ポイントに縮まり、26年度からはゼロになると想定している。影響は一時的と見込んでいるとみられるが「これだけデジタル化が進む中、試算以上に減少する可能性がある」(日本郵政関係者)と懸念する声も漏れる。
値上げによる郵便物数の減少について、郵便事業を所管する総務省幹部は「たった1カ月では何も判断できない」と言葉を濁すが、先行きは決して明るくない。【藤渕志保】