多様な「聞こえにくい世界」を実感し、聴覚障害への理解を広げる体験型コンテンツを東京工科大メディア学部講師の吉岡英樹さん(53)が開発した。
東京・お台場のテレコムセンタービルなどで10月26日から開かれている科学イベント「サイエンスアゴラ2024」に出展している。長年サウンドクリエーターとして培ったデジタル技術を駆使し、聴覚障害者と健聴者の「距離」を縮める試みだ。
デジタルで「聞こえにくさ」再現
体験型コンテンツの名前は「サイレント・コミュニケーション」。加工して不明瞭になった音声をヘッドホンで聴いて軽度から重度の難聴や片耳難聴などさまざまな「聞こえにくさ」を実感したり、騒がしい環境でも目当ての会話が聞き取れる「カクテルパーティー効果」などを体験したりできるメニューが、約8分のパッケージに盛り込まれている。
このコンテンツは昨年、「ファミリー向け」として公開され、今年はさらに「オフィスバーション」として内容を充実させた。
就労している聴覚障害者の声を基に、背後からの呼び掛けや、複数の参加者が同時に話す会議、騒がしい場所での懇親会の聞き取りの難しさなどの模擬体験を盛り込んだ。企業の研修などに利用してもらうことを狙う。
新生児の1000人に1~2人は生まれつき聴覚に障害があり、加齢の影響を含めると人口の1割程度が聞こえにくさを持つとされている。
2016年に障害者差別解消法が施行され、障害者雇用促進法も改正が進んでいるが、聴覚障害者は一見して「困り感」に気付かれにくく、職場で孤独を深め離職する場合も少なくないという。吉岡さんは「ちょっとした配慮や工夫で職場環境が改善されれば、生産性向上やマーケットの新規開拓につながる可能性があります」と期待を込める。
障害児を支える父として
吉岡さんは元々CM音楽などを手掛けるサウンドクリエーターだ。
音響機器や情報工学に精通し、ノウハウを若者に伝授するため東京工科大で教えるようになった。ところが次女(11)の聴覚障害をきっかけに、一念発起してデジタル技術を生かして障害者支援を行うための研究室を設立した。これまでに難聴児の言語習得を支援する療育アプリを開発するなどの実績がある。
次女は新生児聴覚検査では「問題なし」とされたが、なかなか言葉が出ず、最終的に難聴と診断されたのは3歳が終わるころ。通常の検査では分かりにくい「オーディトリー・ニューロパチー」という難聴だった。
吉岡さんが開発したアプリは、視覚情報と言葉を組み合わせたもので、すでに多くの聴覚障害のある人たちに利用されている。
「次女は人工内耳をつけていて、それを知った同級生たちはいろいろな配慮をしてくれるようになりました。だけど、大人たちや社会こそ変わっていかなくてはなりませんよね。聞こえにくい体験が、そのきっかけになればと願っています」と吉岡さんは話している。
「サイエンスアゴラ」は27日まで(午前10時~午後5時)。「科学と社会をつなぐ」をテーマに大学や研究機関などが出展し、一般来場者も楽しめるワークショップや研究成果の発表を行う。【山崎明子】