能登半島地震で被災した「のとじま水族館」(石川県七尾市)のカマイルカ2頭が、避難先の越前松島水族館(福井県坂井市)で2月中旬から一般公開されている。二つの水族館には、27年前に発生したロシアタンカー「ナホトカ号」重油流出事故を巡る深い絆があった。
元日の地震で大きな被害を受けたのとじま水族館は1月3日、一般社団法人「日本水族館協会」(東京都)を通じて越前松島水族館にカマイルカなどの受け入れを要請。同水族館の松原亮一館長(54)は親会社の了承を得る前に、「27年前の恩を返す時が来た」と引き受けた。
素早い行動には理由があった。1997年1月2日、島根県隠岐島沖の日本海でナホトカ号の船体が折れて沈没、積んでいた重油のうち約6240キロリットル(推定)が流出した。漂流した船首部分が海に面した同水族館の近くで座礁したほか、海水を取り込むイルカプールに流出した油の塊が浮かんだ。当時、カマイルカなど海獣担当の飼育員だった松原館長は「今回の地震と同じ年明けすぐの寒い時期。見渡す限り黒い海が広がっていた」と記憶している。カマイルカが体内に油を取り込むと内臓に負担が掛かり、目に付けば炎症を起こすことから、長期での飼育は続けられない状況だったという。
そこで避難先の一つとして手を挙げてくれたのが、のとじま水族館だった。「自分たちの力ではどうしようもない。途方に暮れていた」という松原館長だったが、駆け付けたのとじま水族館の飼育員から「ちゃんと大事に飼育するから大丈夫」と声を掛けられ、心強かったという。「どうかお願いします」とカマイルカ3頭を送り出し、約半年後、無事に戻ってきた。
今回の地震では立場が逆転。1月6日に越前松島水族館の飼育員ら5人が、イルカ用の水槽などを積んだ大型トラックで能登島へ迎えに行った。途中、カマイルカが乾燥しないように飼育員が水をかけながら約4時間の道のりを慎重に走った。
越前松島水族館に到着した当初、2頭の雄のカマイルカ「ゴウ」と「ニッシー」は初めての環境と人にオドオドしていた。しかし、徐々に慣れていき、飼育員のハンドサインに合わせてジャンプやポーズができるようになったという。水族館ごとにハンドサインが異なるため、動画を送ってもらい「のとじま流」を引き継いだ。飼育員の加藤篤さん(29)は「命を預かり大きな責任を感じるが、のとじま水族館へ元気な状態でお返ししたい」と話す。
越前松島水族館は、阪神大震災後に神戸市立須磨海浜水族園(同市須磨区、23年閉園)へ展示用の魚を送り、東日本大震災の時にはマリンピア松島水族館(宮城県松島町、15年閉館)に冷凍餌を送った。松原館長は「全国の水族館が仲間。災害に対しても業界全体で対策を継承している」と語る。越前松島水族館は今回、ゴマフアザラシ1頭とウミガメ8頭も受け入れた。「まだ見通しが立たないかもしれないが、もう一度のとじま水族館に復活してほしい」。27年分のエールだ。【写真・文 大西岳彦】