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石川・珠洲のある集落、津波の死者はゼロ 住民の命救った合言葉


 能登半島地震の発生から25分ほどで、堤防を越える津波が到達したと住民が証言する石川県珠洲市三崎町寺家(じけ)の下出地区。海沿いに民家が並ぶ集落だが、住民が高台にある集会所に迅速に避難したため津波による死者はゼロだった。「何かあったら集会所」――。集落全体で共有していた合言葉が住民の命を救った。

 同地区は約40世帯80人が暮らす。2011年3月の東日本大震災の直前から、防災士の資格を持つ奥浜勇信さん(73)と出村正広区長(76)で自主防災組織の結成や避難訓練の計画を進めた。奥浜さんは「先輩に『ありえもせん事を訓練をしてどうするんや』と反対されたが『浜辺に家がある以上、避けて通られん問題や』と説得した」と振り返る。地区内を4班に分け、各班に誘導係や手当て係などを設定。「何かあったら集会所」を合言葉に、各班が最短ルートで避難する毎年の訓練を10年以上続けた。

 その成果が今回の地震で発揮された。「足が悪いけど必死に坂道を登った」。新田久江さん(83)は幼なじみの若狭幸子さん(82)と連れ立って避難し「家から5分もかかっとらんかも」と笑った。風呂上がりで自宅の居間にいた竹内信子さん(53)はパニックになりながらも「頭の片隅では『揺れが収まったら集会所に行こう』と考えていた」。崩れた家から隙間(すきま)を見つけて裸足で抜け出すと、近所の5、6人と声を掛け合い、集会所に向かった。「避難ルートは頭に入っていて、皆、行動が早かった。訓練が染みついていたと思う」

 毎月、集会所でカラオケ大会を開くなどして顔の見える関係を築いてきたコミュニティーも生きた。区長の長男、出村正幸さん(47)宅には「お姉ちゃんを助けて」と近隣女性(45)が飛び込んだ。両家は普段から行き来があり、姉(46)が病気で歩行困難と知っていた。いったんは車で逃げようとしたが、鍵を家に忘れて取りに戻ると波が来て車は流されていた。「私を置いて逃げて」と言う姉を正幸さんは担ぎ、集会所への約100段の階段を一気に登った。

 京都大防災研究所の矢守克也教授(防災心理学)は「人間は行ったことのない場所には非常に腰が重くなるので、避難所に行き慣れておくことが重要。東日本大震災後に一気に増えた避難訓練の実施件数は減る傾向にあるが、今回の事例は『本当に津波が来るのか』と半信半疑で訓練している人の後押しになる」と指摘する。【国本ようこ】

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