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「お前の人生をめちゃくちゃに」“元彼”が暗闇で女性の首を刺すまで


 女性はその日、博多駅前(福岡市)のクリスマスマーケットでのアルバイトを終え、福岡市郊外にある自宅へと夜道を歩いていた。あと数十メートルのところで「あ」という声が聞こえ、突然、背後から男性の腕が首に巻きついた。耳元に荒い息遣いを感じ、包丁で指を切った時のような痛みが首に何度も走った。「助けて」と叫んだが、誰も来ない。気付くとあおむけで倒れ、意識が遠のいた。

 殺人未遂、銃刀法違反、ストーカー規制法違反……。2023年11月20日の福岡地裁904号法廷。証言台に立った片山敦稀(あつき)被告(24)を前に、検察官が起訴内容を次々と読み上げた。かつて交際関係にあった20代の女性への思いをこじらせ、凶行に走った。

 検察側の冒頭陳述や法廷での被害女性の証人尋問などによると、事件の経過はこうだ。

 片山被告は、女性が当時通っていた医療系の専門学校の先輩だった。21年5月に交際が始まったが、既に専門学校を卒業して社会人になっていた片山被告とは金銭感覚などが合わず、女性はツイッター(X)の匿名アカウントで不満を書くようになった。やがてその書き込みが片山被告に見つかり、2人は22年1月に別れた。

 別れた翌日、女性を映した動画が女性の氏名とともに、匿名アカウントからツイッターに投稿された。女性から相談を受けた福岡県警は片山被告の自宅を家宅捜索し、女性につきまとわないよう指導した。

 女性も自ら、動画の投稿について片山被告に問い詰めた。しかし、片山被告は投稿を否定し、逆に、女性がツイッターに不満を書き込んだことを蒸し返して「誹謗(ひぼう)中傷したと認める一筆を書け」と責めた。

 トラブルを抱えながらも2人はその後も会っていたという。だが、22年8月に路上で激しい口論となり、警察沙汰になった後、女性は片山被告との連絡を絶った。それでも、片山被告はどこで女性の居場所を知ったのか、女性の目の前に度々現れ、「訴える準備をしている。お前の人生をめちゃくちゃにしたい」などと脅した。

 女性はインスタグラムのダイレクトメッセージなどで、片山被告を激しくなじる文章を送った。警察にも相談した。県警は計4回にわたって、片山被告につきまとわないように指導し、22年12月2日にはストーカー規制法に基づく禁止命令を出した。

 事件が起きたのはその日の深夜だった。女性はアルバイト先から送ってくれた知人の車を降り、自宅に向かって歩いた。「もうすぐ家に着く」。母親にそう連絡しようとしていた時に片山被告に襲われた。顔や首など計11カ所を折りたたみナイフで刺され、気付いた時にはあおむけで倒れていた。必死で携帯電話を捜し、119番と母親に電話し、そのまま意識を失った。

 車で逃走した片山被告は約500メートル離れた路上で物損事故を起こし、車内で自殺を図った。県警は同月8日、回復して退院した片山被告を殺人未遂容疑で逮捕した。

 23年11月に始まった裁判員裁判で、片山被告は殺人未遂罪や銃刀法違反などについては認めたが、ストーカー規制法違反については起訴内容を争った。同法は、特定の人に対する恋愛感情や好意、それが満たされなかった恨みの感情を充足する目的で、その人や家族らにつきまとうことなどを禁じている。

 これに対し、片山被告は「恋愛感情はなかった」とし、女性がツイッターに不満を投稿したり、ダイレクトメッセージで激しくなじる言葉を送ったりしたことで精神的に傷つき、「制裁」を加えて自殺しようとしたと主張した。

 女性が連絡を絶った後も、女性がいる場所に現れた理由については「偶然会った」「女性が弁護士を立てると言っていたので、どうなったのか聞きたかった」などとし、女性を襲った日のことは、ストーカー規制法違反に基づく禁止命令を受けたことで「背中を押された」と語った。

 23年12月1日、福岡地裁は片山被告に懲役10年(求刑・懲役12年)の判決を言い渡した。ストーカー規制法違反の成立についても、「女性から関係を拒絶され、好意の感情が満たされなくなって恨みを募らせた」と認定。片山被告の主張に対し、「自らの悪質な行為を棚に上げ、自らが傷ついたことを強調することが許されるはずもなく、刑事責任は重い」と指弾した。

 判決の10日後、片山被告の弁護士は判決を不服として控訴した。

 女性が襲われた事件から約1カ月半後の23年1月には、JR博多駅前の路上で、当時38歳の会社員女性が元交際相手の男性に襲われて殺害される事件が起きた。この男性にも被害女性へのつきまとい行為などを巡り、ストーカー規制法に基づく禁止命令が出ていた。

 警察庁によると、ストーカー被害の相談件数は22年に全国で1万9131件。ストーカー規制法は、規制対象の拡大や厳罰化の法改正が重ねられてきたが、重大な事件に至るケースが後を絶たない。

 片山被告による事件が残した教訓は何か。犯罪心理学が専門の原田隆之・筑波大教授は「SNS(ネット交流サービス)での発信は相手も目にする可能性がある。相手を刺激するような発言は避け、警察や、しかるべき関係機関に任せるべきだ」と指摘。「警察も、相手を刺激するような言動をしないように被害者に伝えるなど身を守るためのサポートをしてほしい。禁止命令を受けたことで怒りがこみ上げ、命令が逆効果になる時もある。警察は科学的な知見を取り入れたリスク評価や対策をして、相手の危険度に応じた防御措置を講じる必要がある」と語る。

【志村一也、河慧琳】

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