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「三方よし」体感したワーケーション 非日常で仕事に注力


 旅と仕事を組み合わせたワーケーションとは、一体どんなものだろうか。働き方改革の広がりで日本にも定着しつつあるが、テレワークが可能な職種の人にしか縁がないようにも思える。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)のけじめはつけられるのか…。毎日新聞社でのデスクワークが多い筆者が、滋賀県東近江市で初めてのワーケーションに挑戦してみた。

 障子窓の向こうに広がる庭園の木々の間から見える空が白み始め、時折、鳥の鳴き声が聞こえる。重厚感のある土壁に囲まれた居間には、天井から木魚がつり下げられている。そんな空間で、間接照明を交えた明かりがローテーブルに置いたノートパソコンを照らし出してくれた。

 ワーケーション2日目の朝5時半。目覚まし時計もかけていないのに早起きしてしまったのは、旅先の高揚感があるのかもしれない。日本家屋ゆえに少し冷えるが、エアコンを利かせれば気にならない。床暖房の入った板敷きがぽかぽかと仕事に向かう身を温めてくれる。「非日常、そして異空間。ワーケーションに来たんだな」と実感した。

 私が参加したのは、観光庁の「企業ニーズに即したワーケーション推進に向けた実証事業」だ。舞台は、江戸時代の街並みが残る滋賀県東近江市五個荘。12月19~22日の日程で、朝鮮半島などで百貨店事業を展開した近江商人、中江準五郎の屋敷の離れに宿泊する。1934年築だそうだ。

 隣の外村宇兵衛邸とともに宿泊施設「NIPPONIA五個荘 近江商人の町」になり、蔵を改装した会議室などワーケーションに使える設備もある。毎日新聞の同僚1人、大手広告会社、電通の子会社「ニューホライズンコレクティブ」のメンバー数人もワーケーションに参加している。

高揚感とリラックスと

 期間を通じて、仕事は思いのほかはかどった。

 とりわけ早朝は集中できた。依頼された原稿を執筆したり、メールをチェックしたり。大きなテーブルに資料を広げ、自宅や会社の机よりもスペースをとれる。Wi-Fi環境も問題ない。

 気分転換に広い室内を歩き回ると、土壁の触り心地の良さが感じられ、静かな庭を眺めると心が落ち着く。会社ではブレークタイムに紅茶や緑茶を飲んだり、社内を歩いたりしてもリラックス効果はいまひとつなのに…。

 ちょっとした散歩がワーケーションの魅力だろう。そうに違いないと仕事に疲れた2日目の午後、近所を歩いてみた。

 何の匂いだろう。古い街並みに並ぶ木塀から漂うのか、筆者が幼い頃に山形の祖父母宅で嗅いだような香りがする。まきをくべている? いずれにしても懐かしい感覚だ。さあ宿に戻ろう、次は社内のオンライン会議だった。

 旅の高揚感と、自然の中でのリラックス効果。考えてみると、正反対の心理状況だが、とどのつまりは「普段と異なる環境が心を研ぎ澄まし、仕事では集中力を高めてくれるのかな」。ワーケーションでは仕事と休暇のけじめがつかないのではないか――という心配は杞憂(きゆう)だった。

 食事つきの宿泊コースでなかったため、夕食は同僚らと地元の店を探しに出た。初日は近江牛のすき焼きに舌鼓を打ったが、2日目は地元っぽい店に行き当たらずファミレスに。3日目はネットで調べた居酒屋に20分ほど歩いていった。熱々のおでんがおいしかった。こうして地元のお店を探すのも旅の醍醐味(だいごみ)だろう。

近江商人から学ぶ

 ワーケーション体験で楽しみにしていたことがある。期間中、地元の文化を学んだり、体験したりするプログラムが用意されていたことだ。第1弾として2日目の午前、会議室になっている外村邸の蔵で、宿泊施設を運営する地元の会社「いろは」の栗田豊一さんが、近江商人の精神を説明してくれた。

 なぜ近江商人は、伊藤忠や丸紅、西武グループ、高島屋など、いくつもの大企業を築き上げることができたのだろう。「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」とは?

 政治記者だった筆者の頭にまず思い浮かんだのは、岸田文雄首相が2021年の所信表明演説で「三方よし」に言及したこと。改めて注目を集めている精神だ。強い関心を持って話に耳を傾けた。

 「三方よしに『世間』を入れたのは、よそ者である近江商人が、地域の人々からねたみを受けないようにするためだったと思います」。栗田さんが解説する。

 他国に出て、各地の産物を売り買いしていた近江商人にとって、ねたまれるのは商売にかかわることだった。だからこそ商人たちは質素倹約を心がけ、各地の利益になるようなことをしたという。

 「お助け普請というものもあります。地元が不景気のとき、単にお金やモノを配るのではなくて、工事をする。地域づくりになるだけでなく、お金が地域に回る」。なるほど、所得再分配を盛んに訴えていた岸田政権にとって、今の政治にも応用できる思想だったのだ。

異業種交流の場も

 地元の近江鉄道が実施している「サイクルトレイン」という試みも体験した。自転車を列車内に持ち込めるというサービスだ。

 列車内で冷たい視線を感じるかと思ったが、地元の乗客は慣れっこのようだった。揺れる車内で「おっと自転車が倒れる」と慌ててハンドルを支えたが、無事に目的地の隣の駅へ。そこから徒歩だと少し遠い観光施設に、自転車だとすぐたどり着けた。

 「便利かも。ただ、各駅に格安のレンタサイクルを置いておけば事足りるのでは?」

 プログラムに組み込まれていた近江鉄道やニューホライズンのメンバーが集った意見交換会で、こんな疑問をぶつけると、それは課題として認識しているとの答えだった。

 ここでの話題はサイクルトレインにとどまらず、毎日新聞のある事業にも及んだ。企業秘密で明かせない部分もあるが、事業の盛り上げ策に関する案が出るわ、出るわ。同僚から「小山さんのミッションは、近江商人の地元の空気を吸って、新たなアイデアを創出すること。それがこの地でのワーケーションの狙いです」と言われていたのを思い出す。違う企業文化を持つ人たち同士の交流は、確かに化学反応を生むのかもしれない。

ワーケーションとは

 個人ワークや交流イベントで、あっという間にワーケーションの4日間は過ぎた。非日常が充実感をもたらしてくれたが、ほかの参加者はどう感じたのだろう。

 経理を担当しているというニューホライズンの20代の女性は「畳に座ってパソコン作業したのが気分転換になりました。庭を見たり、仕事する場所を変えたり」と充実した様子。別の30代女性は「メンバーと夜遅くまで話をしたり、東京にいるときよりも交流を深められました」と話していた。

 五個荘をあとにする際、黒い木の板塀が目に飛び込んできた。塀には、船のへさきが浮かび上がる。

 「近江商人はリサイクルにも取り組んでいます。琵琶湖で使った古い船板には耐水性があるため、塀の外壁材として使用しました」。2日目に聞いた説明を思い出した。

 江戸時代の昔から近江商人はSDGs(持続可能な開発目標)を実践していたことになる。そうした積み重ねが繁栄につながったならば感心するほかない。

 ある大手電機会社の社員は「五個荘で企業研修すると、事業アイデアがひらめく」と話しているそうだ。まさか近江商人の知恵が降りてきたわけではなかろうが、今ならその感慨が分かる気がした。【小山由宇】

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