ラッコのリロがいるマリンワールド海の中道(福岡市)に通い続けて、気付いたことがある。リロの声を聞いたことがない。飼育員に聞いてみると「確かに声を出さなくなった」と話す。もう少し、話を聞いてみた。
飼育員の秋吉未来(みき)さんによると、リロが声を出さなくなったのは、パートナーだった雌のマナがいなくなってからだという。「マナがいる時は互いの存在を確かめるように声を出していたんですが」と秋吉さんは言う。
マナは2012年1月、マリンワールド海の中道で生まれた。生まれて数日後、マナに衰弱がみられてきたため、飼育員たちは母親のマリンから預かって、国内で数例しかない人工哺育に切り替えることを決断した。
飼育員たちがたっぷりの愛情をマナに注いでいた12年3月、和歌山県白浜町のレジャー施設「アドベンチャーワールド」からやって来たのが、当時4歳のリロだった。
マナは飼育員たちの懸命な世話のかいあってすくすく成長した。一緒に暮らし始めたリロとマナは、大の仲良しに。ラッコの飼育頭数が減少する中、国内繁殖ができる希望のペアとして関係者の注目を集めた。体調を崩したマナをリロから引き離すと、リロはマナに届けといわんばかりによく声を上げていたという。
21年2月、マナの体重が増え始め、レントゲン検査の結果、妊娠が判明した。しかし、その直後にマナの体調が悪化。2月22日に開腹手術をしたが、赤ちゃんは力尽きていた。手術から戻ってきたマナもその後急変し、リロだけが残された。ラッコの平均寿命は20歳とされ、マナは9歳。若かった。
秋吉さんは今もマナの話になると、目に涙があふれる。そして、マナがいなくなった後、リロが声を出すことがなくなった。マナの死から約2年半。秋吉さんは「呼びかける相手がいないから、声を出す必要もなくなったのかな」と話す。ただ、リロは声こそ発しないが、いつも幸せそうな顔をして水面を漂っている。飼育員の愛情を独り占めしているのだろう。
リロは現在16歳で、人間でいえば60歳ぐらいになる。マナの分まで長生きしてもらいたい。【松本光央】