全身の筋力が徐々に衰える難病の筋萎縮性側索硬化症（ALS）を患っていた女性の依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われた元医師の山本直樹被告（45）の公判が29日、京都地裁で始まる。女性と面識がない医師が関わり、金銭授受もあったとされる異例の事件。女性が望んでいたという「安楽死」を巡り、真相は明らかになるのか。
山本被告は共謀したとされる医師の大久保愉一（よしかず）被告（45）＝公判未指定＝とともに3年前に逮捕されたが、認否や供述は明らかになっていない。殺害までの経緯も不明点が多く、公判で明らかになるかが焦点だ。
起訴状などによると、山本被告は2019年11月30日、ALS患者の林優里さん（当時51歳）に頼まれ、胃にチューブで栄養を送る「胃ろう」から薬物を投与して急性薬物中毒で死亡させたとされる。
山本被告は東京医科歯科大在学中、大学の垣根を越えた研究グループの活動を通じ、弘前大生だった大久保被告と知り合ったとみられる。泌尿器科が専門だったが、逮捕後に医師免許の不正取得が発覚し、資格を取り消されている。
一方、林さんは11年にALSと診断され、京都市内のマンションで1人暮らしだった。事件当時は寝たきりの状態で、ヘルパーが24時間態勢で介護していた。両被告は林さんと面識がなく、依頼に基づいて知人を装って訪問。ヘルパーが室外に出たところで事件に及んだとされ、滞在時間はわずか十数分間だった。
捜査関係者によると、林さんはツイッターなどのSNSで闘病の苦しさに加え、「安楽死させてください」などと投稿していた。大久保被告はネット上で林さんに接触。事件約1年前から非公開のダイレクトメッセージなどで連絡を取り合っていたという。林さんは当時、目の動きによる端末操作で意思を示していたが、依頼の詳しいやりとりなどはこれまでに判明しておらず、公判で明らかになる可能性がある。
捜査当局は、大久保被告が薬物を準備するなど事件を主導していたとみている。山本被告名義の口座には事件直前、林さんから報酬とみられる130万円が振り込まれていたことが分かっており、共謀を裏付ける証拠とされる。ある捜査幹部は「詳細な証拠がある。嘱託殺人の立証は十分に可能だ」と語る。
公判で最大の焦点となるのは、山本被告が事件に関わった動機だ。警察、検察ともに容疑への認否や供述を明らかにしてこなかった。大久保被告はブログなどで「安楽死」を支持し、「命の選別」を肯定する優生思想をうかがわせる主張も投稿していた。これに対し、山本被告が安楽死などについての考えを積極的に発信した形跡はほとんどない。
両被告は15年、電子書籍「扱いに困った高齢者を『枯らす』技術」を共著で発行。高齢者を病死と見せかけて殺害する方法を説いていた。ゆがんだ思考が事件につながったのか。初公判では山本被告の説明や弁護側の主張が注目される。【久保聡】
父親殺害、2月に懲役13年判決
山本被告は、77歳だった自身の父親を殺害した殺人罪でも大久保被告とともに起訴され、2月に懲役13年の実刑判決を受けている。精神疾患があった父親について公判で「早く死んでほしかったが、大久保被告が1人で殺害した」と無罪を主張していた。
父親は2011年に死亡。両被告のほか、山本被告の母淳子被告（78）の3人が共謀して殺害したとして起訴された。京都地裁判決は山本被告の主張を退け、「父親を疎ましく思って殺害した」と認定。別に審理された淳子被告も懲役11年を言い渡され、母子ともに控訴している。【久保聡】
