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姉と共に歌い続ける=震災の記憶、言葉に紡ぎ―遺族代表の田代さん・阪神大震災


 神戸市主催の阪神大震災追悼式で遺族代表として「追悼のことば」を述べるシンガー・ソングライター田代作人さん(37)=大阪府茨木市=は、姉の西田瑞恵さん=当時(17)=を亡くした。震災後十数年を経て、つらい経験と向き合い作った、姉にささげる曲でデビュー。震災の記憶をつなぐために歌い続ける日々を送る。「姉ちゃんのことも震災も忘れない。歌詞を追い、言葉に紡ぐことで当時に立ち返る」と語る。  27年前のあの日、地鳴りの後に全てが揺れ出し、同市東灘区の自宅は全壊。2階で寝ていた瑞恵さんががれきの下敷きになった。5人きょうだいの一番上で、活発で明るかった瑞恵さん。家事を手伝いつつ、教員を目指して勉強を続け、予備校代のためアルバイトも頑張っていた。瑞恵さんを運び込んだ診療室から出てきた母が「あかんかった」と首を振る光景が今も目に浮かぶ。  震災後、父の仕事がうまくいかなくなり、家族はバラバラに。田代さんは一時路上生活を送るなどした。曲を作るようになり、自分と向き合う機会が増える中、「意識的に避けてしまうところに向き合うことが大事なのでは」と思い立った。姉の墓に話し掛けたことを歌にした「Dear Sister(ディア シスター)」を2010年に発表した。  「ある種、震災を売り物にしているようになってしまい、苦しんだ時期もあった」。姉の死を思い出したくない父母に親不孝をしているのではという思いも。今は「姉ちゃんの後押しがあったから続けられた。二人三脚で活動しているユニットで、僕と一緒に頑張ってくれという気持ち」だ。  全国各地の小学校などの依頼に応じて震災の記憶をつなぐ「弾き語りべ(部)」を続ける。「風化というより、『知らないこと』になっている。伝えることもしなければ、なかったことになってしまう」と危機感を抱く。「学校の先生が僕より年下だったりして、リアリティーがない。これからの人には経験を細かく伝えないと伝わらない」  震災時の記憶を言葉にするのは苦しいことだったが、「初心に帰ることができた」という。30年40年たったとき、少しでも前を向けるよう、これからも歩み続けるつもりだ。(了)【時事通信社】
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