■家族に感染させないよう細心の注意を払って
ライフラインに直結するような仕事に就いているため、自粛期間もふだんと変わらず仕事に出ていたというのはヨシカズさん(40歳)だ。結婚して8年、6歳と3歳の子がいる。共働きで、子どもたちは保育園に預けていたが、妻が在宅勤務になると同時に保育園も休園となった。
「妻は週に1度は出社することになっていましたが、会社にかけあって結局、一度も出社せずに家で仕事をしていました。ただ、それによって妻と僕の温度差が激しくなった気がします」
もともと宅配で食材をとっていたため、スーパーには週に1度くらいしか行かずにすむ。妻は家にこもっているうちに、外に出るのがどんどん怖くなっていったようだ。子どもたちをすぐ近くの公園に連れていくのも2日に1回、せいぜい1時間程度。
「誰かとすれ違うと、私や子どもが病気になるような気がすると言い出して。極端に怖がっていましたね。僕が帰宅すると玄関で下着姿にならないといけない。脱いだ洋服はビニール袋に入れて、そのまま洗濯機へ。洗えるスーツを買いましたよ、2着も。そして僕はバスルームに直行。それでも子どもたちに触れることは禁止されました」
もともと仕事が忙しかったヨシカズさんだが、帰宅後、あるいは週末は子どもたちとべったりだった。だがそれができなくなり、下の女の子は「パパー」と泣き叫ぶ。ヨシカズさんも何度泣いたことかわからない。
「妻はそのあたりが非常に厳格で、寝る前に僕も娘もマスクをして、おやすみって頭を撫でるだけ。抱っこしたり顔を近づけたりするのを嫌がりました」
ヨシカズさんのストレスがどんどん大きくなっていった。
■ついに別居!?
4月下旬、妻がとうとう言った。
「あなた、会社に寝泊まりしてくれない?」
ヨシカズさんにとっては「衝撃のひと言」だったという。
「妻はそれまでも僕をウイルス扱いしていた。ウイルスをもっているかもしれない僕なら、まだ理解もできますが、僕がウイルスそのものみたいな言い方をしていたんですよ。上の子などは『パパが汚いって、ママが言うから』と僕に近づかなくなった。妻が少し過剰反応しているのはわかっていたけど、彼女を刺激しないためにもなるべく言うことを聞いていました。だけど会社に泊まれということは、帰ってくるなということ。さすがにショックでした」
とはいえ、家族に感染させたくないのは彼も同じ気持ちだ。会社に相談してみると、借り上げの社宅があるから入ってもいいということになった。3LDKなのだが、すでにひとり、ヨシカズさんと同じ理由で泊まっている社員がいると聞かされた。
「身の回りのものをもって社宅に移動しました。なんだかせつなかったですね。ところが先住者というのが同期のヤツで、部署は違うけど新入社員のころ同じ研修を受けた仲間。すっかり盛り上がって毎日、ふたりで距離をとりつつ酒を飲んでいました。案外、楽しかったです(笑)」
妻子とはテレビ電話などを使って連絡をとっている。だがすでに1ヶ月以上、子どもたちには会っていない。
「同期とも話したんですが、こんなに不要だと思われているなら、地方に転勤願いを出してもいいかなと思うようになりました。本当は仕事上、行きたい地域があるんです。家族がいるから行けないと思っていたけど、単身赴任すればいいだけのこと」
妻が子どもと自分の関係を裂いたとヨシカズさんは愚痴っぽく言った。
今後、妻の仕事も出社が必要となっていくだろう。子どもたちの保育園も一部、再開されてきた。妻はどういう心積もりで生活していくつもりなのだろうか。
「そのあたりも本当はきちんと会って話し合いたいんですが、まだ家に帰ることを許されていないんですよ」
ヨシカズさんは大きなため息をつき、「家族って何なんでしょうね」とつぶやいた。