■家にいられても困る
単身赴任歴3年、月に2回は必ず自宅に帰っていたというリョウタさん(46歳)。中学生の娘と小学生の息子がいるが、妻ともどもいつも大歓迎してくれていたのだ。ところが新型コロナウイルスの影響でリョウタさんの会社も在宅勤務となった。単身赴任の社員は自宅に戻ることも不可能ではない。
「僕がいるのは小さな支社なので週に1度は出社せざるを得ないんですが、逆に言えば自宅から週に1度、こちらに出社してもいいわけです。妻にその話をしたら、『私も在宅勤務なの。狭い家でふたりが仕事をするのは無理。だから帰ってこなくていいから』と言われてしまいました。月に2回、1泊で帰るのは歓迎なのに、ずっと家にいるのはダメなのかとショックを受けました」
妻の言い分もわからなくはないと彼は言う。家族全員で広くもないマンションで顔をつきあわせて一緒にいつづけるのは確かにむずかしい。夫婦で在宅勤務となるとどこの部屋で仕事をするのかという問題も出てくる。昼食はどうするのか、妻の負担は増えるのかもしれない。それでも、とリョウタさんは力をこめる。
「それもいいわね、とか、あなたも大変ね、とか何かひと言あってしかるべきではなかろうかと思うわけです。寂しいだろうけど、とかね。結婚して15年、夫の扱いはこんなふうになっちゃうのかと思うと、なんだか愕然としますね」
亭主達者で留守がいいとは、昔から言われている言葉だ。妻や子どもたちにとって、夫や父親はやはりどこかうっとうしい存在なのだろう。
■妻としては「距離感」が必要
一方、妻にとって単身赴任の夫がいきなり在宅だからと帰ってこられたら、やはり「ちょっと困る」という声が多い。夫が2年、単身赴任しているユリさん(45歳)は、子どもたちが小さければいざ知らず、もう大きくなっているのでそれほど父親を恋しがらないと言う。
「うちも自宅に帰ろうかなと夫が言うので、『いやいや、そっちにいたほうが自由でいいよ』と言いました。夫はガックリきていたみたいですが、私としては険悪にならないためにも距離感が大事だと思っています」
周りの友人たちは、在宅勤務になった夫たちとことごとくうまくいっていない。中には「離婚を考え始めた」という女性たちもいる。結婚15年たち、夫婦はそろそろ同じ方向を向かず、距離を置いたほうがうまくいくと考えている妻たちにとって、夫の在宅勤務は「早すぎた老後」のように恐ろしいものなのだ。
「夫が定年になったら、こんなふうになるのねと友人たちは言っています。しかもそのころには緩衝材になる子どもたちも独立している。ふたりきりで家にいたらおかしくなりそうと涙目になっている友人すらいる。まあ、ただそのときはこちらも年をとっているから、いちいち目くじらをたてなくなっているかもしれませんけどね」
夫が嫌いなわけではない。だが、顔をつきあわせてうれしい恋人気分でもない。たまに会うから夫に優しくできるのだとユリさんは言った。
「そもそも単身赴任の夫が帰ってきたい理由は、かまってほしい、世話をやいてほしいということなんですよね。自分がこの家の主なんだと私たちに思い知らせたいような気持ちも垣間見える。だから私も子どもたちも、ちょっとうざいよねということになるんです」
単身赴任で「帰ってこなくてもいいよ」と言われた夫たちにとっては、かなり耳の痛い言葉なのではないだろうか。