■もともと淡々と過ごしてきたけれど
結婚して13年、子どもに恵まれなかったというのはエミコさん(42歳)。40歳になったとき、すでに子どもはあきらめた。
「どちらにも原因はないんですけどね。相性が悪かったんでしょうか。離婚という話もしたことがあるんですが、夫は『別にどうしても子どもがほしいわけじゃないし、ふたりだけでもいいんじゃない?』と淡々と言うので、じゃあ、そうしようか、と(笑)。うちの夫、たぶん家庭とか家族とかにあまり興味がないんですよね」
親戚から紹介されて見合いのような形で結婚した夫は、ある研究機関の研究者で、とにかく仕事が大好きなのだという。
「冷たい人ではないんですが、あまり俗世間になじめないというか。そのあたりがおもしろいなと思って結婚したんです。私も仕事を続けたかったし、彼は男役割とか女役割とかにもまったく関心がないので、今も自分の洗濯物は自分でやっているんですよ。食事もあれば食べるけどなければ自分で適当に作ってる。そもそも食べるより研究していたい、という変わった人なので」
気楽だが、一体感はないまま家庭を維持してきた。そのおかげでエミコさんはずっと独身気分のままだったという。
「今となっては完全に同居人なんですが、それでも家にいるときは彼の研究の一端を聞かせてくれたり一緒にDVDを観たりくらいはします。薄い友だち、という感覚でしょうか」
互いの実家にもほとんど行き来しない。だが、一昨年、エミコさんの父親が亡くなったときは、夫は率先して喪主となった母をサポートしてくれた。いざというときは頼りになるのだと初めて思ったという。
■今も変わらない日常
緊急事態宣言が出たあとも、夫は変わらず研究所へ出かけていたが、さすがに今は週に3日となりあとは自宅で仕事をしている。エミコさんは週に1回の出社。家ではリビングをはさんで別々の部屋で仕事をし、息抜きや食事でリビングに出てくるという感じだ。
「朝は私が作ってキッチンに置いておく。昼は夫が作っておいてくれたりしますね。お茶でも飲もうかなと出てくると彼もいたりして、なんとなく一緒にお茶を飲んで。家族が家にいることが多くなって、顔をつきあわせて険悪になるとよく聞くんですが、うちはそういうことはありません」
ただ、とエミコさんは言葉を継いだ。
「険悪になるほどもともと密な関係じゃないのかもしれません。こうなって改めて関係を考えると、なんだか夫のことをほとんど知らないような気がするんですよね。まあ、それでもいいかという気持ちもあるし、私は本当はもっと密接な関係を望んでいるのではないかという長年の鬱屈したものがわき起こってくることもあって。悩むのはやめようと思っていますが、ちょっと葛藤はあるかもしれません」
夫婦とはこうあるべきという思いは、エミコさんにはない。だが、自分自身が本当は夫ともっと強い絆を感じられるような関係になりたいと望んでいるのかもしれないと思うことがあるそうだ。おそらくお互いに比較的、淡々とした性格なのだろうが、ふたりしかいない家族なのだから、もっと熱いものがほしくなるときもあるのではないだろうか。
「世間のことはなるようにしかならないというのが夫の本音みたいです。それもわかるけど、私はもう少し自分の思いをぶつけたい気もする。一緒に暮らしていれば親しくなるというわけでもないのが夫婦のおもしろいところかもしれないけど」
どこか他人事のように話すエミコさん。自分のこととして考えると苦悩が深くなるから、必死で防御しているのだろうか。