■孤独でたまらない
ケイコさんは48歳。高校生と中学生の男の子をもつ母だ。2歳年上の夫は「可もなく不可もなく、ごく普通の人」だという。おとなしい人なので、大きなケンカをしたことはないが、かといって結婚当初から「ラブラブという感覚はなかった」という。友だちとしてつきあっていた彼と、人柄が信頼できるからという理由で結婚した。それに間違いはなかったが、妻の心を慮るようなタイプでもない。
「私はパートで仕事をしていて、週に1度は趣味のテニスをしたり友だちに会ったりして、それなりに充実はしていたんです。でもここ半年くらい、なんとなく不安感や孤独感が体にしみついているみたいな気分になって」
友人と話していて、きっとこれは更年期だと理解はしている。だが、意味もなく息子たちを怒鳴りつけたり夫に不機嫌に接してしまったりすることが増えており、自分でも自分がわからなくなっているのだという。
「一生懸命に生きてきたつもりだったけど、私の人生は何だったんだろうとか、楽しかった高校時代のことばかり思い出したりして。高校のころに仲良くしていた友人と、たまたまSNSでつながったんですが、彼女は結婚して海外住まい。とても楽しそうなんですよね。私は結局、平凡なサラリーマンの妻で一生を終わるのかと思うと、ますますゆううつになっていく」
何もいいことはない、何も楽しいことがない。そんなふうにどんどん蟻地獄にはまっていくような感覚があるそうだ。
■人はみな孤独
そもそもケイコさんは、あまり孤独感を覚えたことがない。実家住まいから結婚して、ひとりで暮らししたこともない。今も実家近くに住んでおり、実の両親もきょうだいもみんな元気だ。行けば歓迎してくれる。
「でもねえ、なんだかふっと自分だけ浮いているような気がしてしまうんですよね。私は何のためにここにいるんだろうって。みんながわいわい楽しそうにしていても、自分だけ幽体離脱しているみたい。『最近、心ここにあらずっていう感じだな』とつい先日、夫に言われました。何をしていても身が入らない、現実感がないんです。孤独で不安でさびしくて」
とはいえ、そんな気持ちは家族には打ち明けられないという。
「母たるもの、いつも明るくいなければいけない」と思っているからだ。そして実際、家族の前では演技を続ける。
婦人科にも行ってみた。更年期だからしかたがない、あと数年たてばラクになると言われた。
「しかたがないですんでしまうんですね。私の人生を軽く見られたようで傷つきました」
精神科のクリニックで抗うつ剤を処方してもらったが体に合わず、続けることができなかった。それに服薬しても、一向に孤独感はなくならないのだ。
「ウツというわけではないんですよね、孤独と不安がときおり押し寄せてくるだけで。そして人生を振り返ってばかりいるだけで。人生100年というけど100歳まで元気でいられるわけじゃないでしょう。元気でいられるのはあと20年くらいなもの。どんどん老いていくんですよね」
時間は誰にも平等に訪れる。だが、気の持ちようで日々は変わる。どんどん老いていくだけということは、言い方を変えれば人生で今日がいちばん若いのだ。
家族がいても孤独感は誰にもあるのではないだろうか。更年期を過ぎたとしても、人が本来もっている孤独感が消えることはないかもしれない。なぜなら人間は孤独なものだから。そう考えたら、少しは気が楽にならないだろうか。
何をどうすれば孤独感がなくなるのかはわからない。だが、孤独感はあって当然だと気持ちを切り替えたら何かが変わるかもしれない。
私の言葉がどこまで彼女に届いたかはわからない。だが話が終わってからの帰り際、彼女はぽつりと「なにかおいしいものでも買って帰ろうかな」とつぶやいた。