■同棲していた彼が急に病気になって…
つきあって7年、そのうち同棲期間が5年というトシエさん(40歳)。彼は2歳年上の離婚経験者だ。
「一時期、一緒に仕事をしていた他社の人なんです。彼との仕事が終わって2年後くらいに再会して。彼はその間に離婚していました。子どもをほしかった彼と、いらないと思っていた妻との間でいろいろすれ違いがあったそうです」
トシエさんは、正直で前向きな彼の性格に惹かれた。ごく自然につきあうようになり、彼女が住んでいたマンションの更新時期に彼の部屋へと引っ越した。
「そのときは結婚を前提にしていたんですが、彼も私もどうしても婚姻届を出したかったわけでもなくて。彼は『子どもができたら婚姻届を出そう』と言っていました。私もそれでいいと思っていた」
だが、時間がたてば人の気持ちも変わる。同棲して3年たったころ、彼女は彼の「正直で前向きなところ」がだんだんうっとうしくなっていった。
「人間だから落ち込むことだってあるでしょう。そんなとき彼はやたらと励ますんです。叱咤激励と言ったほうがいいかもしれない。『大丈夫だよ、トシエなら何だってできるよ。今がんばらないでいつがんばるんだよ』という感じ。いや、今は少し落ち込ませてほしいと思っても彼には通用しないんです」
いつでも全力疾走していたら、人は疲れてしまう。たまには立ち止まったり足踏みしたりする時間も必要なのだ。だが、確かにそれが通用しない人もいる。すっかり疲れてしまったトシエさんは、頻繁に女友だちと会うようになった。
「女同士はわかり合えますからね。あるとき、友人のひとりが結婚することになって彼も招いて6人くらいで食事をしたんです。婚約者の友だちもあとから合流したんですが、そこで出会ったのが3歳年下の彼でした」
会ったときは、人の話に深く耳を傾けてくれるいい人だなという印象だった。ただ、トシエさんは年下の男性とつきあったことはなかったし、同棲している彼もいるから、決して恋愛対象として見ていたわけではない。
■いつしか年下彼の存在が強くなった…
年下彼とは、週に2回くらい会うようになっていった。だが、あくまでも友だちとしてだ。彼女に同棲している彼がいることを、年下彼も知っていた。
「だけど同棲彼とはだんだんうまくいかなくなっていったんですよね。私が何か話したときの彼のリアクションが、私には説教としか思えなくて。それを年下彼に愚痴る、年下彼はじっと話を聞いてくれる。そんな時期が続きました」
あるとき、彼女は独り言のように、年下彼が私の恋人なら気持ちも休まるのにと言った。すると年下彼は、「じゃあ、僕とつきあってくれる?」とさりげなく返した。
「そうしよう、今の彼と別れてくると私も笑いながら言いました。すると年下彼は、急に真顔になって『僕、本気だから』と」
その言葉で彼女は、自分も年下彼を本気で好きになっていると自覚した。必ず別れてくるからと言った3日後、同棲彼が倒れた。脳梗塞だった。
「けっこう重症だったんですよ。意識を取り戻したのが10日後。リハビリをしても結局、麻痺が残ってしまった」
トシエさんは彼が命の危機を脱したとき、別れを切り出そうとした。このままだと自分がずっと看病せざるを得なくなる。命が助かってよかったとは思ったが、この先の人生をともにしたいとは思えなかった。
「でも病室で別れ話はしづらいんですよね。自分がひどいことをしているように思えて。人として情がなさすぎるんじゃないか、こんな状態の彼を見捨てたら人間としてよくないとか、いろいろ考えてしまって。彼は、すでにご両親もいなくてきょうだいもいない。天涯孤独みたいな人だからよけい、見捨てたら罰が当たるような気になりました」
年下彼に話したが、「僕の気持ちとしてはこっちに来てほしいと言いたいけど、そうすると彼を見捨てろと同義になる。あなたが決断するしかないと思う」と苦しそうに言った。
自分の人生だから、やはり年下彼と出直そうと、同棲彼の病室へ行くと、彼は彼女の顔を見て目を潤ませ、「いつもありがとう。もうオレのことなんか見捨てていいよ」ともつれる舌で言葉を発した。
「そこでまた心が乱れて。同棲彼には同情しかないんですが、最終的には見捨てることができなかった」
同棲彼が倒れてから1年、病状はよくなったがひとりでは生活できず、今はリハビリ施設にいる。年下彼は静かにフェイドアウトしていった。
「自分の決断を後悔しています。でもあのときは、やはり見捨てることはできなかった。どちらにしても後悔していたのだと思います」
結婚していたわけではないから、よけい腹をくくりづらかっただろう。結婚しているか、単なるつきあいなら決断しやすかっただろう。今もどうしたらいいかわからないと彼女はつぶやく。おそらく誰が当事者であっても、正解などないのだろう。自分の判断を信じるしかないのかもしれない。