
■どこが幼稚なのかわからない
夫として父として、昔の男は威厳があったと言う人がいる。だがそれは家父長制度のなごりで、男は威張っていいと思っていただけ。今どきの男たちは、威張ることにも疲れているし、そもそも威張りたいとも思っていない。
「家ではゆっくりしたいだけ。家族と仲良くして平和ならそれでじゅうぶん。僕は男尊女卑がひどい地方で育ったので、親父には必ずいいおかずが一品ついていた。親父が読む前に新聞をひらくと怒られた。そういうのはイヤだなと思って大人になったんです」
タカヒロさん(44歳)は、しみじみとそう言った。だから15年前に結婚するとき、自分は絶対に、妻や子どもを下に見るような人間にはなるまいと決めた。
「妻もその意見には大賛成してくれたんですよ。それなのに子どもが少し大きくなったら、『もっと父親らしく威厳を持って子どもを叱ってよ』と言い出した。もちろん、躾は大事だけど、子どもだってきっちり目を見て話せばわかる。怒っても意味がない。そうしたら『そんな非現実的なことを言わないで』とまた怒られて」
どうしたらいいのかわからない、と彼は言う。現在、13歳と10歳の子がいるが、彼は常にひとりの人間として対等に接し、きちんと考えさせるようにしている。
「妻は頭ごなしに、ダメと言うけど、それはどうかなといつも思っています」
そんな妻は、彼に対しても子どもを怒るように怒りを露わにする。
「先日、僕がピーナッツを放り投げて口で受けていたんですよね。下の子がおもしろがって一緒になってやってた。そういうのって楽しいでしょ。案の定、妻から『子どもの前で幼稚なことしないで』と怒られました。楽しければいいと思うんだけど」
常に『大人』としてだけの言動しか許されないとしたら、家庭は決して居心地のいい場所ではなくなってしまう。
■少年っぽさを残している男を女性は好まない?
よく女性は、大人の男の少年っぽさを好ましく思うと言われているが、それはあくまでも「夫ではない男」に対して抱く感想。実際に生活をともにしている場合は「そんな非現実的なことを言わないで」という対応になってしまうのかもしれない。
「子どもと一緒に遊んでいると、どっちが子どもかわからないと妻に皮肉られます。テレビでサッカーを見ていて僕が熱くなるだけで、白い目で見られてしまう。子どもたちは笑ってくれてるけど」
大人になるとは、どういうことなのだろうとタカヒロさんはよく考えると言う。何に対しても醒めているのが大人なのか。大人はうれしいことがあったとき、子どものように飛び上がって喜んではいけないのか。
「感情表現は豊かなほうがいいと思うんですけどね……」
子どもが小さい今はいいが、今後、子どもたちが10代後半くらいの生意気盛りになったとき、親を舐めてかかるのではないかと妻は心配している。
「舐めてかかられるのは結局、信頼関係がないからだと思う。僕は子どもを信頼しています。親だから舐めるなということではなく、最低限、他者への敬意があれば反抗期はあったとしても無茶なことはしないはず。妻こそ子どもを舐めてるんじゃないかなあ。そのあたりはいつも妻と意見が違うところなんですが」
妻に怒られたり叱られたりするのは、彼にとって不本意なこと。子どもっぽい、幼稚だと罵られる家庭で過ごすのはリラックスできない。
「家庭に対する考え方が、そもそも違うんでしょうね。この先、うまくやっていけるのかなと不安になります」
明るく話していた彼だが、最後になって苦しそうな表情を浮かべた。