■再検査までは不安ではなかったが
「自分でも自分の心理がよくわからないんです。結局、一連のことを妻には言えなかった。妻に心配させたくなかったといえばきれいごとですが、本当は妻を信頼していなかったのかもしれない」
セイイチさん(47歳)は、複雑な表情でそう言った。
この春、会社の健康診断で要再検査と告げられ、すぐに大きな病院を紹介された。最初はそれほど心配していなかったのだが、その後、精密検査が必要となり、検査入院を勧められた。
「あちこち、ちょっとガタがきてるというのは自分でもわかっていました。まあ、ふたりにひとりはガンになる時代だと言われているし、うちの親父も昔、胃ガンをやっていますから、僕もいつかはと思っていました。それでも、やはり精密検査となると動揺しましたね」
そのまま家に帰れず、バーで一杯ひっかけた。帰るまでは妻には言おうと思っていたが、実際、帰宅して妻の顔を見たら言えなくなった。
「結婚して15年、子どもがまだ中学生と小学生。もしガンだったら大変なことになるなと思いました。それに妻の気持ちが大丈夫かなという不安もありました」
妻は6歳年下。いつも夫を頼ってくるところがかわいいと思っていたが、セイイチさん自身が苦境に立ったとき、妻がどんな反応をするかが怖かったという。
■検査入院を出張と偽って
精密検査では病院に3日ほど入院しなければならなかった。彼はそれさえ妻に言わず、出張だと偽った。
「どうしてかなあ、検査入院さえ妻には知られたくなかった。頼りにされているのに、弱みを見せたくなかったのかもしれませんね。出張はときどきあるので、妻はまったく疑わずに送り出してくれました」
検査入院には同意書が必要だったが、それは弟に頼んだ。弟に「なぜか妻には知られたくないんだ」と言ったら、弟は「わかる気がする」と言ってくれた。
「兄弟ともおかしいんですかね(笑)。ただ、そのとき、妻に心配をかけたくないと思っているわけではなくて、大騒ぎされたくないんだとは思いました」
それだけが原因ではないが、少なくともガンだと聞いたら妻が泣いたり騒いだりするのは目に見えていて、それを避けたいと思う気持ちが強いことだけは自覚した。
「検査入院から帰ったときも、出張から帰ったように振る舞いました。弟が気を利かせて、出張先の土地の名物お菓子を調達してくれて」
検査の結果はガンではなかった。経過観察のため、半年に1度は通院することになったが、今のところは心配しなくていいという。
「自分が病気ではなくてよかった、という気持ちより、めんどうなことにならなくてすんだという思いが強かったですね」
結局、自分は妻を信頼しているのかいないのか。そんな思いは今も彼の中に残っている。